当て射 (投稿13件)[1〜13]


1:杉さん
当て射とはどういった射が当て射なのでしょうか?自分は狙いをつけたら適当にはなして当てるのが当て射だと考えています。たまに高的中者のなかにも押し手を固定して中てているひとがいますが、あれも当て射になるのでしょうか?当て射の方が大会には有利なのでしょうか?

2:やっさんさん
中てることを目的とした射
縦横十文字など射型にこだわらないものだと思います
中て射が有利とは言い切れません
ただ、傍から見たらさぞかし下品でしょうね
押手を固定すると言われますとテーピングやサポーターを用いて固定しているのでしょうか

3:たぶんおやじさん
的中に固執して技以外を磨かない人

体配、道具の扱い、弓矢の扱い、言動、教養
それらも磨いていかないことです。

4:明鏡止水 ◆IDFFcYqcさん
・的に狙いを付けずに当てること

・進歩向上を排して、今現在の引き方で当て(続け)ることに固執すること

5:平気流さん
自分が思うに中て射≠うまい人ではないと思います。そして中て射をやっている人には波があるように感じられます。
 自分の考えでは 
   うまい人=射法八節=中る射 です

6:天龍さん
結構な段位で結構な年配の方が、いつもあまり的中が出なくて、更衣室でボソッと「だめだな。この際私も、中て弓に走ろうかな。」と言っていました。
それが出来るならやって見たら。と思いましたが。

7:銀杏さん
天龍さん
>>それが出来るならやってみたら。と思いましたが。

そういう言い方はあまりに非情だと感じます。
その方の目指す正射(文から解釈しました)にまだまだ及ばない等の意味で決して傲らないようにと自制された言葉だと思いますので…。

8:明鏡止水 ◆IDFFcYqcさん
僕自身は、天龍さまのお話を面白く読ませて戴いたのですが・・・ね。

>この際私も、中て弓に走ろうかな。
僕は、言葉は悪いかも知れませんが‘中て弓’に対する蔑視が見え隠れしているように思えるのです。

‘中て弓’を遣れば簡単に高的中が出せるぞ!…みたいなね。

別に中て弓を肯定したり、認容しようとは思いませんが、中て弓をして高的中を維持することに対しても、当然それなりの努力と練習を積んでいると思うのです。
また、そう云った眼で見る必要性も在るのかな・・・とも思うのですが、皆さま方のご意見は如何でしょうか。

9:たぶんおやじさん
中りは決して悪いことではありません。
ただ、それ以上を目指さないと評価はされなくなるだけです。
中るうちに射を直せ
中る方が直しやすい
亡くなられた先生がおっしゃられたことを思い出します。

その昔、入神の的中と言われた先生曰く
何時までも中ると思うな・・・
何時かは中らなくなる・・・
中らなくなる前に手を打てと言うことなんでしょうか?
纏まらなくなりました。
失礼しました。

10:紫弓さん
あれ?めずらしいですね。中て弓を分けている先生がいるようですね。
 私自身、一般に言われる中て射は好ましいと思っていませんが、中て弓は努力していた結果だと思っています。
 というのも、中て弓は、当たっていることをさしているのではなく、中てようとするその志が、射に現れていることをさしています。しかも、中て弓については、相当いろんな方を見慣れないか、いつも一緒に引いている弓仲間を観察していないと分かりません。

 平常心でありたいですが中て弓に走りたくなるのが、人間の心理ですね。精進しないといけないなと良く思いますね。
 果たして、どこで聞いたのでしょうかね?

11:風さん
>それが出来るならやってみたら。と思いましたが。

結論から言いますと射法八節を無視すれば可能です。実際私にも「当て射」があります。ただ私は人目を気にするタイプなのでできませんが。

中りは努力の積み重ね、中て射は妥協の積み重ねからなるものと思います。志あらば焦りは禁物ですね。

12:高2さん
個人的な意見ですが

この際中て射に走ろうかな
と言っているのを聞いて
それが出来るならやってみたら?

と思うのは正しいと思いますが。高段者はそのようなことを言う低段者を正さなければいけない立場だと思います。

13:仄さん
意見賛同


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