【弓】あなたの最終目標は?【道】 (投稿43件)[1〜43]


1:可児さん
皆様、日々弓に励まれていると思います。私もそうした者の一人です。
現在、弓を始めて10年ほどになります。心身の稽古に励み、より一層の上達を望み、稽古しております。しかし、最近の悩むことは、弓道の最終目標とはいったいなんなんだろうか?ということです。
他の武術と戦うこともなく、弓と的と自分自身のみの弓道におけるゴールとはいったいなんなのでしょうか?100射100中を達成すれば何か見えるのでしょうか?正射を体得すれば何かみえるのでしょうか?範士八段を取得すれば何か見えるのでしょうか?
道に迷っているというのが現在の私です。皆様は、何を目標に弓道をされているのでしょうか?もし宜しければ伺わせてください。

2:さすらい人さん
自分の場合は特に目標を定めずに続けることを最低目標としている感じです。弓道が好きで続けいきたいたいと思っているのなら、それで十分じゃないでしょうか。

3:橋蔵さん
私も同じです。継続すること。上達の道が開かれなくとも生活環境上修練の時間をつくることが困難でも続けていくこと。この信念を貫くことを最大の目標にしています。その目標を達成するとき、何かが見えてくる。それを見出せることを最終目標にしています。

4:和佐さん
私は弓歴4年足らずですが、目標は次段への挑戦・国体選手になる事などあります。目先の目標ではありますが、一つ一つの積み重ねが、新たな視野を開き、次なる目標をもたらすと信じています。

おそらく可児さんにも、今すべき目標はあるのだと思います。ただ登るべき山が高過ぎる事に気が付き躊躇しているのでは?と推測します。私が目標を見失った時はこれでした。

私には、悩んだときに助言をしてくださる師がいます、内容を話したり、聞いたりはしませんが、射を見ると私の考えている事が解るようです。師って大切…

5:可児さん
>>継続は力也
さすらい人様、橋蔵様、ご意見ありがとうございます。私も弓道だけをやっていれば生活が成り立つ身ではないので(当たり前ですが。。)何とか練習の時間を見つけては道場に通うようにがんばっております。また、練習したくても毎日が忙しく、どうしても練習のできない弓道人が多くいらっしゃることも存じております。そのような中で継続することというのは、それだけでも意味があるのかもしれません。

私は、日々の練習の中で自身の射で悪い点を見つけては指導者に教えを請い、書物を紐解き、悪癖に対処し、所謂ところの「正射」を体得しようと努力しております。しかしながら、八節の要、手の内の妙味、十文字の構成、体配等、努力して体得すればするほどこの先には何があるのか?という悩が頭から離れません。
弓道は自己顕示欲の強い武道であるなぁと感じるときがあります。私の的中を見てみろ、私の会の長さ、伸び合いをみてみろ、といった空気を感じて止まない、またはその欲が的に対して注がれている人も見かけます。
決してそれらの方の弓道を否定する気は毛頭ございません。ただ、「その先には何があるのか?」と伺ってみたくなるのです。
そもそも、打起こしでああしてこうして、大三で手の内をどうのこうの、といったことは些末なことであり、完成された射というものはなんということもなく、ただそこにあるといったものになるのでしょうか?
皆様は技・術の先にあるものを見つけ出していらっしゃるのでしょうか?
長文失礼いたしました。

6:Y.K.さん
大学弓道の世界へ踏み入れば、試合で自分の力をすべて出し尽くしてより多い的中を求めていくことになり、
練習していくうちに「20射皆中できるようになるためにはどうすれば?」とか、「強さって何??」とか「強くなるためには体配はいかであるべきか」とか、いろんなことが頭を廻ってきます。(考える暇があったら練習しろって話なんですけどね)

少なくとも今自分がいるのは「勝負の世界」なので目標は表面的にはハッキリしているのですが、それが終わった後は自分は何のために弓を引くことになるのでしょうか?
今の自分じゃ全く想像もつかないですね。

7:マロンさん
今高校で弓道暦も一年足らずです。やはり今は極めるも何も、基本からどうにか叩き込まないといけない時期なので、目標は自分にあった射形、どうやったら進歩するかを考えています。最終的には、老後まで続けていきた思っています。また、仲間と楽しく出来ればいいと思います。こんな意見でも、参考になったら幸いです。

8:可児さん
>>Y.K.様
感想ただきましてありがとうございます。
私も、過去に大学弓道の世界に所属しておりました。仰るとおり、当時はひたすらに的中。20射皆中を目指し、そのために出来る最善の努力を重ねる日々でありました。その日々は苦しくもあり、喜びもあり、とても良い私の弓道人生の一部となっております。

>>和佐様
支部の選手、昇段、国体選手、といった目標をもって励まれているとのことで、とても参考になりました。
書き込みを拝見して気づいたことに、私には「この方」という師が居ないことについて再度考えさせられました。残念ながら、この方についていきたい、と思える師に出会えていない、もしくは自分が気づいていないのかもしれません。決して驕りや傲慢でものをいっているわけではありませんが、やはり師と思える方には尊敬と畏敬の念を持ちたいと思うのです。そのためにはやはり、それだけの射と射品を備えていただけたらなぁと思ってしまいます(傲慢なのでしょうか)。もちろん、自分はどうなのだ?と問われれば、至らない点が多くあります。
やはり武道である以上、口で語るものだけではなく、体で体現していただける方を師と仰ぎたいと思ってしまいます。
あ、言い訳ではないですが、私は人に「ここがおかしいよ」と、言われるとすぐさま形を変えるタイプです。まずは指摘を受け入れ、行動してみてから取捨選択するように心がけています。頑固者は上達しないのは全ての事象に通じることと考えています。言い訳のようで少々苦しいですが。。

9:可児さん
*上の投稿で顔が怒ってますが、誤射です申し訳ありません*

「文章が長すぎます」とのことで2つに分けて投稿させていただきます。

>>マロン様
「楽しい弓道」これがなければ続けられないと私も思います。昔、なかなかスランプから脱することの出来ない自分に対し、先輩が「弓道好きなんだろ?もうちょっと踏ん張ってみろよ」とかけてくれた言葉は今でも忘れられません。
部活というのは良い意味で人間関係が密な世界だと思います。親身になって御互いが踏み込み合える場ではないでしょうか。ところが、社会人の弓道というのは幸か不幸か、御互いが一定の距離を置いて御付き合いをする場になってしまいがちです(一応これでも4箇所の支部にそれぞれ一年以上所属した経験からです)。切磋琢磨というよりは、和を持って尊しとする世界に近いです。きつい言葉かもしれませんが、馴れ合いからは成長は望めないと私は考えております。もちろん、だからこそ老後も心安らかに弓を続けられる場になっていることも理解しています。ただ、私がまだそこまで老成した考えで弓に向かうことが出来ないだけです。

また、駄文・長文失礼いたしました。。

10:葵使いさん
目標。
弓を引いてるとなーんか楽しいなー。
という気持ちを忘れないでいられるような弓道が目標です。
なかなか長い道のりです。

11:りゅうさん
俺もそんな感じです
ところで葵使いさんはどこの方なんですか?

12:可児さん
よくよくタイトルをみると。。。
なんか審査の問題みたいですね。それだけです。。

13:阿頼耶さん
これが審査の問題だった、答えはあるのでしょうか?
厳しいですね、自分も道場で会う人たちに、なぜ?弓を引くのですか、と聞いていたことがあります。そのときに、弓道と弓術違いは・・・
などとかも、先輩方と話したことあります、いまだに、よく、まとまりませんが・・・。

14:可児さん
>>阿頼耶様
「弓道の最高目標」というお題でよろしければ、弓道教本第一巻に掲載されています。ぜひご一読されることをお勧めいたします。
またひねた事を言わせていただくと、財団法人全日本弓道連盟が定めた「弓道の最高目標」ですけど。。。

15:tsbu-kanさん
去年の暮れから夫婦で弓道を始めました。
50年後も夫婦で弓道してて[先生」と呼ばれて子供達に弓道を教えてたいですね。
おおっと!その前に3月に初試合!4月に初段の審査・・・・頑張らなければ・・・

16:ぴよぴよさん
私の目標に正射必中があります。正しい射は必ず中る。常にこんな弓が引けたらなと思います。
あとはまだまだおこがましいのですがいつか自分の射を見て感動と言うか何か感じてもらえるような弓が引きたいです。

17:新さん
技に達することは易く、心に徹することは難しいという言葉がありますが、技術の修練により的にあたり、達人のようになっても、それに心がついていかなければ妙技は表現されません。心と技とが一致してはじめて神技が生まれます。しかしそこまで達するには容易なことではありません。それが私の最終目標です。しかし今は的中を基準とした練習のみ。しかしその的中により射技が生まれ射形が構成されて射品が生まれます。射術は個性の表現であるので、無理せず自己を伸ばしていきたいです。

18:梦月さん
私の、今の目標は、的に当てることです!!みなさまがたの目標に比べたら、米つぶよりも小さいですが、今の私にはとても大きいです。現在中1ですので、あとすこしで中2、先輩です。後輩に教えてあげられるような先輩になりたいと思う今日この頃です。

19:ひさしさん
僕の目標は、まずは僕の憧れの選手に追いつき、追い越すことです。その憧れの選手を追い越せれば、また新たな目標が見えてくると自分では思ってます。

20:阿頼耶さん
>>可児様
ありがとうございます、真・善・美にあらためて、気が付かせてもらいました、全日本弓道連盟の最高目標・・・、私自身の最終目標は定まっていないことに、気が付いただけでもよかったと思ってます。そして、弓道連盟の考え方だけでもない、と。

21:T・Tさん
目標は持たないことにしています。
持ってしまうとそれに達した時に自分にとっての弓道に一つの区切りをつけてしまうことになりそうだからです。
弓引きでいられる限り、その時の自分の持てる限りの力の限りを尽くして高みに昇って行く。
これが目標という形で表したときの自分の弓道に対する考え方です。

22:弓遊び2号さん
『僕の前に道はない
僕の後に道は出来る』
高村光太郎。
良い言葉だと思います。
という訳で…
私に『最終目標』はないようです。
歩ける間は、歩いていると思います。

23:笹岡さん
最終目標:的中確実をできるだけ永く続ける。

生きている限り達成されることのない目標です。
でも私の当面の目標は「平均的中率8割以上」ですがo( _ _ )

24:ブラックサレナさん
僕の最終目標は、自分に勝つこと、それと、全国制覇です。

25:可児さん
>>阿頼耶様
ちなみに、「弓道の最高目標とは?」という題が審査の筆記に出たことがあります。その時は弓道教本に記載されている通り、真善美について書いた記憶があります。余談でした。
>>弓遊び2号様 T・T様
進み続けることが己が道、ですね。まさに「道」を進む弓道人という印象を受けました。
>>ブラックサレナ様
ち、ちなみに何をもって全国制覇とされるのでしょうか?興味があるのでぜひお聞かせいただけたら幸いです。

26:ブラックサレナさん
様々な大会に出場して、全てで勝ち続けることだと思っています。弓を引けなくなるまで、歩みを止めることなく勝ち続けることが私のすべてです。

27:紫弓さん
最高目標は正に真善美です。しかしこの言葉の真意を知らずにただ教本の丸写しをしている方が殆どかと思います。

この言葉は誰の考えでどうあるかが問題です。私は誰が創りこの言葉を誰が日本に持ち込んで広がったまではしることが出来ました。しかしどのように弓に広がったのかは未だ知り得ません。そのせいもあってか教本の文は理解に困難な点が一点出て来る筈です。(これが複数の問題に繋るから私も教本だけでは理解出来ませんでした)もし、ヒントを与えるなら価値体系論と新カント派を調べてください。
そこに真善美の本位があります。又、この言葉を広げられた先人達の一人の言葉にはこんな言葉があります。
「賞状にメダルに卒業証書など、そんな形骸なものはいらない。私は馬鹿が欲しい。」とかなり略しましたがそこに本意があります。私はその一点を目指し全存在に向かいたいと考えています。
長文でした。

28:可児さん
>>紫弓様
中学校の体育館に「真善美」が飾ってありました。教本丸写しとはお厳しい。。まったく、反論できませんが。
明日にでも紫弓様のヒントを元に調べてみたくなりました。

29:葵使いさん
>りゅうさん
聞かれればまあお答えします。静岡の東のほうです。

>黒い王子のかた
その意気や良し。です。挑戦しつづけたいものです。

30:弓遊びさん
私の弓道の最終目標とは、いったい何だろう?
よく考えてみましたが、よくわかりません。
おぼろげながら自身、気付いた事は…
弓をおいた時にわかるような気がする。
という事。
でしょうか?

31:弓太郎さん
まず、射品、射格の向上、礼に即した体配の修練、射法、射技の研修、人間形成の育成により人間の最大目標の真善美に近づけれるように努力する事だと思います。これに達するには、相当な努力が必要かと思います。たぶん一生の事だと思いますよ。

32:てっせんさん
私の場合、「最終目標」はまだ分かりません(ボンクラなもので…)。目の前の目標は一応存在しますが…
始めて14年の弓の「道」ですから、迷うときも前に進めないときもありました(運転でも人生でもやっぱりありますが…)。そのときは休んだり違う道に行ったり(失敗もあります)…と、それでもまだまだ見えていません。
ただ、私は弓を置いた時に「弓道って楽しいなぁ、弓道やってよかったなぁ」と思えるようになれば……それでいいような気がします。逃げるものではなさそうなので、ゆっくりやって行きたいと思っております。

33:可児さん
>>真善美
少し弓道教本より別のところからかじってきました。*真*善*美*のバランス感覚について新たな認識を持つことが出来ました。茶道に於ける「真行草」とは力関係というか、次元が異なるというか。三次元的な意味合いを「真善美」に見出しました。

34:紫弓さん
茶道では礼の仕方みたいですが他にあるのかも知れませんね。書道にも弓道にもあるとおり。真行草は動作の位付けのはずです。
真善美が三次元とは惜しいですが、少しづつ調べれば必ず答えがでてきます。教育論にも出て来るので様々な角度からが必要です。
一例になれば幸いです。

35:はるさん
私に最終目標はありません。あえていうなら、体力的に弓が引けなくなるまで引き続けることでしょうか。「今の目標」というのはありますが、最終目標は決めてしまうと達成してしまった時にどうなるのかなと思ってしまいます。

36:メロンさん
私は現在高校2年です。目標は大会で優勝すること!!まだ、したことがないので後数少なくなた大会で先輩が昨年持ち帰ってトロフィーをもう1度持ち帰ることが目標です!!
進学先にも弓道部があったら、続けたいです!!また、そこで目標を見つけたいです。

37:ケイさん
3年間弓を見てみた感想です。
努力をした人競技中の姿はきれいです。
その差が何か推測するしかないのですが好きなのかなと思います。
継続、努力(続けること)それが大事と思います。
それと、弓道は懐が深い、武道としての型等も重視していながら試合において型を求めず個々の努力を認める精神的競技と思います。
障害者が参加でき、その結果を努力において評価できる競技は少ないと思います。
私は3年間見てきて、将来を期待して見ました。

38:清芳な人さん
今、一歳ちょっとの子供が大きくなって、大きな大会で同じ立ちに立つことかなー

39:九州の弓道馬鹿さん
すみません… あまり考えた事がありません、現時点での自分は、「信念を持つ」という事と「一射一射大切に引く」ということで必死で日々精進してます。

40:可児さん
>>九州の弓道馬鹿 様
あ、謝らないでくださいよ〜。あくまで、皆さんの考えを参考に聞きたかっただけですから〜。

41:可児さん
皆様のご意見、大変に興味深く勉強させていただきました。40の書き込みがあったこともありますので、私の目標もおぼろげながら綴らせて頂きたいと思います。
私の弓道の最終目標は
「我が弓の道、山なる也」
です。朧げなのですが、私の頭には一つの完成された「会」の姿があります。それが頂です。山は美しいです。流れる雲に惑わされることも無く動きません。頑として不動の構えです。そして、頂に立って見えるは更なる上にそびえる山です。また、弓道を山と見たとき、万の努力と才能をもってしてもいったいその何合目まで手が届くのか、見当もつきません。その山に臨む、不退転の気概で臨む。

以上、現在の私の弓道の最終目標です。借りものの言葉も多く、未熟な感は否めませんがこんな具合になりました。

42:射楽斎Uさん
>41:可児さんのレスで思い出しました。

「越えなばと 思いし峰に 来てみれば
      なお行く手は 山路なりけり」

本題に答えず、申し訳ありません。
私の、現在の目標ですが・・・。
「深い会」のなかに「刻々と満ちてくる」持満の世界を実現し、絶対的な「的中」と鋭い「矢勢」、自分自身の心を射抜く深い「喜び」と、見る者の心をも射抜く深い「感動」の射。
これを、私は「三貫の射」と言っています。

さて、その先は・・・?

 

43:可児さん
>>さて、その先は・・・?
先を見るまで死ぬわけにはいかないですね。


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