きれいとは? (投稿14件)[1〜14]


1:鏑木さん
よる、奇麗な射とか、汚い射とか聞きますよね?
ここに書き込みをされる皆様、奇麗さの定義または基準をどのように考えてますか?
これからの弓道人生においての参考にしたいので、お聞きしました。

2:鏑木さん
間違えです、よる→よく。
ごめんなさい。

3:HAMAさん
五重十文字がしっかりできていて、大きく引いている射を見るときれいだと思います。それと射型その物が所謂正射でなくても、その人がその射を一定にやり続け、中て続けている姿は美しいと思います。

4:鏑木さん
そうですね、十文字が整ってる射は奇麗だと思います。ありがとうございました。

5:稲荷さん
力具合、動作、心、全てに無駄がない射が自分のなかでは『綺麗』な弓だと思ってます。
あ、あとそこに的中も含まれます。自分自身、理想にしている射です。

6:某Bさん@アーチャーさん
力強く的に中る絶対に外れない安心感と頼もしさを感じる射は、細かいところは抜きにして美しいと感じます。中るには理由があり、やや癖があっても選手が拘った「中る何か」を感じられる射には、選手の日頃の鍛錬を含めて感動を覚えるものです。
皆中という結果で皆を黙らせる、誰にも文句を言わせない自信溢れる射が、個人的には見ていて美しいと感じますが、同様に、選手個々人の努力や拘り、鍛錬が感じられる射を自身の趣向で「汚い」だなんて安易に評価される点には傲慢さを感じるときがあります。
どこかに中らない理由がある「問題がある射」はあるでしょうが「汚い射」という言い方はどうかと思います。

7:kunshiさん
奇麗というと、回りに溶け込んでる感じの射をする方に相応しいと思います。
魅了するというと存在感の大きい射をする方でしょうね。

8:熊本人さん
会の形が綺麗、離れが綺麗、また残身が綺麗であってもその一連の動作が無理矢理造った物であるなら綺麗な射とは思いません。
特に残身を無理矢理造ってるように感じる射手が後輩に多いので、、。
会の形が特別綺麗なワケじゃなく、
離れの出し方が綺麗なワケじゃなくても、
その動作につながりを感じたら綺麗と感じます
会にはその会に合った離れの出し方があると思います。そのつながりを理解している射は意識的であっても無意識的であってもよく中たっているように思います。

9:あさおさん [url]
私は白君(笑)の射に近い射は綺麗だと思います。
よく見る個所は、
打ち起しの高さ、肘。
大三の高さ、勝手の位置。
引き分けの道筋、なめらかさ。
会の口割、肩のライン。
残心の開き、手の内。
こんな感じです。残心は大の字になってるのが個人的に好きです^^
あと顔向けとか、足踏みとか、目線とか。上げるとキリないです(笑

10:半平太さん
胴造りや基本姿勢がしっかり出来ている人は綺麗だと思います。
それは打起しからではなく、入退場や射位で跪座をして弓を立てている姿勢に目立って出ます。
背筋がピンとして執弓の肘がぴしっと張れているだけでも違いますね。
射技は上手い下手の違いはあると思いますが、あまり綺麗とか汚いとは思いません。

11:空人さん
確かに基準は難しいですね みんながみんな同じ身長で同じ骨格をしているわけではないので  ただ試合などで 癖があっても完成した射が良いと思うのですが・・・

12:鏑木さん
皆様返信有り難うございます。
半平太さんの書き込みに
「射技は上手い下手の違いはあると思いますが、あまり綺麗とか汚いとは思いません。」
とあります。自分の中では「うまい」は「奇麗」に同じだと考えているので、なるほど、こんな考え方もあるのかと、思いました。
それと、自分にとって奇麗な射は三重十文字、五重十文字、縦横の伸びが正しく規矩されている射です。返信を求めてばかりでは悪いので自分の意見を書きました。

13:志乃さん
一つ一つの動作を大事にしていること。私の信念です。

14:おじんさん
僕は力の流れによどみが無いことだと思います。
見た目上の問題については、各個々人で骨格の違いや体格の違いがありますから、肩が上がっているとか抜けているとか、見た目だけでは判断しかねる場合がありますよね。
でも、自分の体に合った状態で正しい引き方をしている人は、力の流れが美しいと思います。
一射の動作を通して調和がとれていますよね。伸びの方向とか、力のバランスとか、全体の十文字の安定感とか。
射の美しさというのは、あくまで見た目のカタチとは関係の無い問題だと僕は思っています。


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