弦音の無い射 (投稿6件)[1〜6]


1:アチャチャさん
私は弓手の人差し指を的の方へ伸ばさずに、弓を握っています。
この形で少し慣れてきて、弓返りもまずまずになってきていました。

今日は弓の引き初めで、庭の雪を片付けて、巻き藁で練習しました。
数射をしてフト気づくと変なのです。

今度は、そのことを確かめようと、無心にならずに引いてみました。
そうしたら、私の射から弦音が消えていました。

弓と弦の間隔は、上関板の部分でも5ミリ程度ですね。
きっと、弓手のひねりが強くなった為だ、と思います。

皆さんにも、このような経験がお有りでしたら、ご紹介下さい。

2:アチャチャさん
今、全弓連のネットに出ている天皇杯の映像を見ました。

拡大やコマ送りなどが出来るので、それなりに分析できるのです。

その感想ですが、会での詰め合い、伸び合い、特に離れの瞬間に弓手に緩みが出てしまいますね。

離れの瞬間に、肘から手首の詰め合いが解けて、その分緩んでいるようです。

弓が落ちても弓返りした方が良いのでしょうか。
私には、弓返りの為に射が台無しになっているような気が致します。

これは、自戒を込めて書き込みました。

3:アチャチャさん
古来から有る日本音楽には、一拍子がありますね。
一拍子は、ことの前後は考えずに、今を生きる音楽です。

これは、武道にも通じていると思います。
今、為すことを為す。

弓の場合は、この一拍子を八つ重ねて射法八節です。

全弓連ネットで見た入賞者のほとんどは、離れから残身に至る動作が二拍子になっていました。

弓手は一度肩より下にさがり、弓返りの完了とともに再び肩の高さに戻されています。
妻手はというと、離れの連続性から見ると中離れなのを再び加速して大離れまで持っていっています。
中には、中離れからその方向性を修正して、残身を作っています。

このように二段階で離れを行うのは、理想的な残身を意識したせいでしょう。

一拍子とは、今自分に出来ることはこれしかない、ただ一つのこれをやる、という靜慮・三昧そのものです。

何一つ飾ることの無い剥き出しの魂、そんな弓を私は引きたい。

もしかして、掲示板をたがえた感がありますか。
申し訳ありません。

4:富沢さん
雑談板の方がいい気もしますが面白いので続けてください。

5:アチャチャさん
富沢さんへ
面白いという表現には、私の意図しないものが含まれていそうですが、まあ、それも面白いので続けますね。

ここのスレッドで何を言おうとしているのか、様子を窺っていらっしゃる方もおいでになることでしょう。

実は、弦音はその良し悪しは有っても、有る事が当たり前に思われています。
また、弓返りも弓が余り落ちずに前腕に跳ね返る位が、理想と思われている傾向があるようです。

しかし、私の以前の弦音は澄んだキュンでしたが、現在は弦音の無い射になってきました。

更に現在は、ビデオの分析等から殆ど弓返りが無くても、矢の進路は開(ひら)けて前には飛んでいかないような気がしています。

・・・これはこれからの研究ですが・・・。
今の私は、大三で肘も手の内も余り入れません。
今後、弓返りを余りさせなないといっても、角みは充分に利かせよう、と思います。

離れの反動による自然な弓の回転以上に、手首を捻ったり指が開き気味になるのを嫌うのです。

というより、むしろ弓を緩んだ手の中で回転させずに、押しねじ続ける角みに離れた弦と矢の圧力を乗せて、ねじ切りたいですね。

この場合の弓返りは、弦が精々的の方へ行く程度でしょうね。
明日から、実験です。

さて、私が言いたいことですが、暗に前提とされている技術の検証ですね。
また、このような作業で、弓を引く形の中に隠されていた技術の片鱗を見ることが出来るかもしれません。

そのような試みをされた方がいらっしゃれば、お話をうかがいたいと思います。

6:アチャチャさん
射楽斎Uさんの解説を拝読いたしました。
ん〜ん、先人とは誠に在り難きものです。
私も精進いたします。


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