まきわらだけで充分?? (投稿32件)[1〜32]


1:悠さん
ワタシの部活の先生は「的前にはあんまり入らんほうがいい。毎日まきわらを100本やれ!!」と言っていて、部長に理由を聞くと「的前に入って変な射で中ってもだめだから。」と言っています。それで試合の一週間前にやっと的前に入ったところみんな滑走したり離れが悪くなっていたりしてその試合ではあまりいい結果が残せませんでした…↓↓確かに、まきわらをして正しい射を身に付けることは必要だと思いますが、全く的前に入らないというのは納得できません!!はっきり言ってそんなことを繰り返していては上達しないような気がします…皆さんの考えを聞かせていただけませんでしょうか?

2:たましいさん
試合は的前なんだから巻藁ばかり引いても仕方ない

3:林蔵さん
そりゃないですねぇ…確かに正しい射を身につけるのは大切だし、的前に立つとどうしても的中に意識がいっちゃったりしますけど……
弓道は巻藁に向かってやるのがメインじゃないですからねぇ…(もちろん巻藁も大切ですが)
先生のおっしゃることもわからなくはないですが、ちょっとずれてる気がします…(/_・。)

4:にちはむさん
巻き藁で射型を調整する事は非常に大切です。 しかし弓道は的に向かってこそのものです。
巻き藁メインで的場練習をしないのでは試合で結果を出すのは難しいと思うのです。試合は巻き藁ではなく的ですからね。巻き藁と的前は感覚が違いますしやはり的前を主体でやるべきでしょう。巻き藁はあくまでも『調整』です。
これは私の考えなので参考程度にしておいてください。

5:弓遊びさん
まきわら云々の前に、三付けの必要性と重要性を説かれたうえで部活の先生は指導していらっしゃるのではないかな?と思います。

6:サブローさん
「三付け」とは初めて聞きます。教えてくださいm(__)m

7:なんじゃまんさん
い〜や、この方法は上達するね。
果たして試合でいい結果が残せなかったのは的前の経験が浅かったためだと言えるかな?
宇部中央高もこのやり方だったと伝え聞いております。まぁ的前である程度中たるようになってのことらしいですが。

的前というのは色んな意味で怖い。
注意が散漫になると言うか、意識しすぎるのかな。結果、緩みや早気等の‘はしり’が発生。引き続け、それを癖として固めてしまうのが的前。
だから気づいた時には治すのが困難になってる。

練習には様々なアプローチがあるんで、一概にどれがいいとは言えないけどね。

ちなみに三付とは‘胸弦’‘頬付け’‘口割り’だったと思う。うろ覚えだから間違っていたら訂正お願いします。

8:斜面見習いさん
僕は巻藁を調整とは考えません。巻藁の延長が的前だと考えてます。 1週間前に的前に立てたのなら充分でしょう。 僕の考えからすれば巻藁で充分引ければ1週間で的前でそれを出すのは容易ですね。 中たらなかったり調子が悪かったのを巻藁のせいにすること自体ズレてると思います。 巻藁の重要性を理解しきちんと丁寧に引けばよかったのではと思います。 また納得いかないなら直接先生に聞きましょう。

9:サブローさん
むむむ〜「三付」で調べると多すぎてわからない。「三付け」で調べると居合の言葉として使われていました。なんじゃまんさんの言われるように弓道でも良く使われる言葉なのでしょうか?ますます混乱してきた・・・誰か教えてください><

巻き藁の件ですが昔は素引き一年巻き藁三年と言ったらしく、巻き藁を多くするのは間違っているとは思いませんが、試合で中ることを前提としているのでしたら、ただ巻き藁をすればいいとは思いません。
巻き藁で射を磨きつつ、的を狙うことと試合によって起きる問題の解決方法を訓練しないと試合には通用しないでしょう。何らかの策を考えるべきだと思います。

余談ですが、ある高校がミニチュア的紙(的前に立ったときに見える的の大きさ(2〜3cmかな))を巻藁に付け、弓とミニチュア的紙が的前と同じような見え方になるようにして巻藁をすると聞きました。もしかすると宇部中央なのではないかと、なんじゃまんさんの返信で思いました。

>射面見習いさん
それにしても1週間の的前で充分とはスゴイです。きっと経験豊富な方なんでしょう。それか天才ではないでしょうか^^

10:通りすがりさん
巻き藁1000本引くなら的前100本引いた
方が確実に身になります。
巻き藁での稽古を重視する場合は審査前、射形
が乱れた、などの射形確認の際ではないでしょうか?

推測ですがあなたの射形になんらかの乱れがあった為に顧問の先生、先輩に「巻き藁をやれ」と言われたのかもしれません。

11:斜面見習いさん
ではありません。
試しに100本程まじめに巻藁をしてみてください。試合だからとやみくもに的前で引くよりは効果あると思います。 巻藁100本なんてかったるくてやってらんねえ…(言葉悪いですが)なんて考えてるなら話は別ですけど。 僕は充分にと書いたはずです。様々な理由で急遽1週間後に試合に出なければならなかったとして練習足らなかったなんて言い訳通りますか? 試合で結果残したいならいついかなる場合でも自分の射を出せるかが大事だと思ってます。 的前であまり引けなかったからというのは言い訳でしょう。 1日100本充分に引ければ射は安定すると思います。 射が安定すれば後は距離間(狙いの高さなど)の問題ではないでしょうか。 あくまで僕の経験(社会人になってから)で書いたのですが、だからと言って見ず知らずの人から単純に経験豊富とか天才だとか言われたくありませんね。
あまり的前で引けなかったからこその巻藁なので。 練習(的前)できない中でどうやって勝つか? が当時のキーワードでしたから。

12:きまぐれさん
1日巻藁100射ですか良いんじゃないでしょうか?巻き藁で射を固め、その射で一週間ねらいを調節する。練習法としては1つの形を持っていますし、的前での調整期間も十分にとってあるので良いと思いますが、扱いが難しい練習法であるとは思います。的と切り離すことで射を強化するのは良いのですが、的から切り離しすぎるというか、巻藁でまったく的を意識しなかったのではないでしょうか?

射が悪い→だから中らない→そこで巻藁で強化→よって射が良くなり的前でも中るということが、目的なのかと思いますが、的に中てるという最終目標がある以上、的を狙う必要があるか否かということは別にしても、的を意識しないで練習するのは危険です。何らかの形で的を意識しながら練習しないと技術的にもそうですが、集中という観点でみた場合大きな問題があります。

集中には狭いと広い、内的と外的という二つの軸が存在し、弓道では狭い集中(的に対する集中)と内的集中(体に対する集中)の二つを主に使います。このバランスが良いほど綺麗で的に中たる射が行ない易いのですが、一般的に的前では狭い集中に偏り、内的に集中し難くなります(的にとらわれるということになります)。巻藁では狭い集中を行なわないため内的に集中し易くなり良い射がでたりします(巻藁だと射が良い人っていますね)。

この集中の方向性を理解しないで巻藁ばかり行なった後に的前に入ると、確実に狭い集中に偏り(一時的に的にとらわれる状態になり)、内的に集中しないため、逆に射が崩れ的には中たなくなるような気がします。(的に対する新鮮味が発生するのでより的に意識が行きます。)ですのでこのような場合は的に意識が行き過ぎないようにして、ねらいだけあわせたら意識過剰なまでに内的に集中して巻藁で固定した射が行なえるようにしないと練習の効果はなくなります。

巻藁で100射するという練習に問題があるのではなく、練習の仕方に問題があるのかなあと思います。もう一度先生から巻藁練習のねらいを良く聞き(部長からではなく)、練習のねらいとこの練習の問題点(的中に対する技術的影響、心理的影響)を把握した上で取組まれるのが良いと思いました。

13:ちょっと失礼さん
弓道の練習はまきわらだけで十分ですよ〜
的前に立つのはまきわらでしっかりとした射形を身に着けてからですね。
それまでには最低でも5年はかかるのではないでしょうか?高校・中学では「弓道」をするのであればまきわらだけで十分でしょう。
ただし、技術的な弓道に逃げ、中てを重要視してしまう人は的前練習しかしません。
こう言ってはなんですが、中てたいのならば、一週間あれば十分すぎるでしょう。
普通に考えればまきわらでの射形を崩さずに、狙いを変えるだけで的には当たりますから。
ただし、これも技術的な弓道となりますので、あまりお勧めはできませんが・・・

14:弓遊びさん
>さぶろーさん、なんじゃまんさん
胸弦、頬付け(口割り)、的付け、です。
三付けの意味。
昔、教わった事で恐縮ですが…
胸弦…
弓の安定をはかる。
頬付け…
矢の安定をはかる。
的付け…
狙いの安定をはかる。
それと、この三付けは同時に行なう。
と教わりました。
私的解釈…
弓の張力や体の力加減を安定させるため胸弦まで。所謂、素引き。
素引きが安定してきた頃より頬付けを行い矢を安定させる。所謂、まきわら行射。
まきわら行射が安定してきた頃より的付けを行う。所謂、的前行射。
その後、三付けを安定させるために反復練習。
所謂、射法・射技の安定と心身の向上。
約15間の空間は『迷い、欲、不安』などの雑念が存在するに十分な空間だと思います。
と考えておりますので、まきわらだけで十分な的中を得るのは難しいと思います。

15:サブローさん
>斜面見習いさん
不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。失礼しました。

>弓遊びさん
三付けとは、そういう意味でしたか。詳しく教えていただき有難うございます。

16:弓を引く人さん
ちょっと言わせていただきます。

巻藁前も的前も分けて考える必要があるのでしょうか?弓を持ち、矢を番えて対象物に対峙しているのですから、自分の持てるすべての力を弓に注いで発射してやれば良いと思います。
的前に立つと射型が崩れやすく、的中に捕らわれやすいとの指摘もありますが、それはあくまでも本人の心の問題であるといえます。また、逆に的前を軽視しているようにも思えます。

何のための巻藁前か?
それは、結論から言えば、的前での的中のためだと思うのです。的中を重要視しない弓道とは一体どのようなものでしょうか?弓と矢を持って射射に立つのですから、的中は第一の命題です。その命題を重要視しないのであれば、弓も矢も持たずに射位に入り、ゴム弓でも持って八節体操(!?)をして退場すれば良いことです。
射型が整い狙いが正確であれば、結果的に中るという人をよく見かけます。しかし、自分は「狙い所に正確に中てるために射型を整える」であって欲しいと思うのです。このニュアンスが分からない人は無視して欲しいのですが、この違いは大きいと思います。また、その人の精神力が直ぐに分かります。

このスレッドの本来の所に戻りますが、部活である以上、顧問の指示には従うしか無いと思います。巻藁前の為の巻藁ではなく、あくまでも的前の為の巻藁と思って練習してみては如何でしょうか?気持ちの持ちよう如何で大きく結果が変わってくる筈です。

ここからは私見です・・・。
悠さんが所属している部活の顧問は、指導方法に少々問題があるのではないでしょうか?部活を経て一般で弓を引く人って非常に少ないと思うのです。せめて現役の時代に、的に中る喜びをもっと味合わせて上げればと思うのです。的前で、射型の整った射手に育て上げればそれで良いのではないでしょうか?出来ないのであれば、部活の環境や、顧問の指導力の問題だと思います。

17:一期一会さん
僕もまきわら練習は重要だと思います。ただ毎日四ッ矢くらいは引くべきかと…。初心者のうちは巻き藁だと上達の度合いが自分ではあまり分からないため、単調的な練習のみだと幾分か効率が悪くなってしまいます。ですので巻き藁練の後その日の仕上げとして多少は引いてみる方が良いと思います。これなら的前に慣れることができるし、少ない矢数なので中りにはしる危険も少なくなり、一射一射を無駄にするようなこともほとんど無いと思います。

18:めそさん
昔は「巻きわら三年」とかあったそうですが。。今の時代はそれじゃあ弓道人口は減っちゃいますね。

19:笹岡さん
 的前で引くスペースがあるのなら、巻藁練習はそれほど必要ないと思います。
 的前でだって射は直せます。
 十年後の高的中を求めたければ巻藁練習だけでも良いかもしれませんが、2、3年後の高的中を求めるなら的前練習を強くオススメします。また、10年後の高的中は2、3年後の高的中を求めたからでも遅くないと思います。
 試合直前で的前を引き始めて中るか中らないかは、センスの問題だと思います。高さをどれくらいずらせば中るとか、そういうことに関して全く頭が働かないウブな人もいるわけです(私)。
 巻藁で射を安定させることが大事だという意見もわからないことはないですが、的前で練習ができるのなら、できるだけ的前で引いたほうが良いです。的前だと的を意識してしまって射が悪くなるなんて言い訳は聞きたくありません。

 偉そうに書いてきましたが、要は人それぞれだということ。顧問が巻藁練習を強制させているのなら、それは問題。だけど、顧問の意図を理解して、真剣に巻藁練習に取り組むのなら、それは的前練習と同じくらい有意義なものになると思います。

20:松さん
一日巻き藁100本は練習方法としてはいいことだと思いますが環境にもよるかと。

宇部中央の話が出ていましたが、あそこは巻き藁中もコーチがずっと見て、指導しながらいろいろ修正したりすることで少ない的前練習で高い的中を出しています。

しかし、そうではなくただやみ雲に100本のノルマをこなすという感じで何も考えずやっているだけであればあまり効果は無いかと。

巻き藁であれ的前であれ、結局は自分の一射一射をどれだけ考えながら練習するかが重要になってくるのでは?

パッと見、きれいな射形でも会や離れの力のむき、バランス、伸び詰めができなければ中らないですから。

ちなみに自分の出身高校では無理ですね。
巻き藁で練習する部員が30人近くになっていたら平日2時間しか練習できなかったら3つ4つの巻き藁では時間が足りません。

21:きまぐれさん
>弓を引く人様

的前を軽視しているように思うというご指摘ですが、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。表現がいまいち下手ですのでご容赦ください。

何故分けて考えているかということになりますが、出来ないからです。最終的に的前も巻藁も同じように引くことが1つの理想ですが、本人の心の問題であれ、現実に同じように引けない人が存在します。

また単純に練習によって効果が違うのでそれを明確にし、練習目的を明らかにするというねらいもあります。同じ弓を引いて離す練習でも距離が違えば、練習としての効果は別物です。同じ効果を望むのが理想ですが、そううまくはいきません。現実として違う以上、分けて考える意味というものはあると思います。

22:Y.K.さん
弓道教本3巻にも載っている事なのですが、

巻きわらで引くときには何十メートル、何百メートル先にも的があると思ってしっかり伸びやかに引かなければなりません。
そして、的前ではほんの数メートル先に的があるような感覚になるほどに(的が大きく見えるんですよね)しっかりと集中を研ぎ澄まして引かなければなりません。

巻きわらと的前における違いによるメンタルの影響についてはこのあたりが重要だと思っています。

23:なんじゃまんさん
ただ闇雲に的前で引いている人も多い気がするけどなぁ。意識し過ぎで自沈している人間も含めてね。
現実に的を前にして、素直に意識しながら引くことなんて難しいと思いますよ。

試合で高的中をだせる人が本当にわずかなのは事実です。それは的前練習が主流の練習である弊害で、もし皆が巻藁練習を主にすれば、決勝進出者が続出。という仮定もできるわけで。

的を意識しないから離れも迷い無くまっすぐを意識でき、「巻きわらでは最高の射ができる」と言われる所以だと思います。
それを毎日100本も引けば自然と体にもついてくるでしょう。
簡単に100本と言いますが、いざ実行するとなると莫大時間がかかるしね。的前、巻藁に関わらず100本する人ってのは、自ずと実力を蓄えているでしょうね。20本以下で満足して帰る人間もいますから。

あと皆顧問を馬鹿にしすぎかなぁ。
指導方法に問題があるって、ではあなたなら
効果的かつ効率的な練習方法が提示できるんですかって話ですよ。遥さんの顧問だって完全には的前に入るなっておっしゃているわけですし、たかだか弓暦2年にも満たない素人が今までに何人も教えてきた顧問より的確な指導ができるんですか。
この確証は、もっぱら経験差からきていますが。天才的なセンスを持った人間ならもちろん別です。
本当に顧問の先生も教え甲斐が無いだろうなぁ。

24:めそさん
>>なんじゃまんさん
あ、あの、でもここにかき込んでる人は弓道歴1日からそれこそ称号者までいろいろいるんでしょうからそんなに力まないでもいいのでは?
全然関係ありませんが。私は的前で的はずしてあづちに丸を書いといて引いたことがあります。的前と巻きわらの間が違いすぎるなぁ、なんとか巻きわらの感覚を的前で得られないものかなあと思いやりました。ずいぶん昔の話ですが。14メートルのところに巻きわらを置きたかったのですが、さすがに周りの同意が得られませんで。。

25:なんじゃまんさん
書いてて、自分でも堅いかなぁって思いました。すいません。
ウソ書いたわけではありませんが、気をつけます。

26:弓を引く人さん
>なんじゃまん様
巻藁名人って聞いたことがあるでしょうか?
その当事者を褒める言葉では無いんですよね。的前に入ると・・・な人の事です。割と多くいますよね。(一般・学生を含めて)

>現実に的を前にして、素直に意識しながら
>引くことなんて難しいと思いますよ。
ここが弓道の本筋ではないでしょうか?難しいことに敢えて取り組み、自問自答するのが弓道の醍醐味ではないのかと思うのです。

>的を意識しないから
>離れも迷い無くまっすぐを意識でき・・・
的を意識しない射ってどうなんでしょう?それは本当に弓道といえるのでしょうか?的意識しても、一向に動じない精神を養うのが本来の弓の稽古だと思うのです。一種の逃げと捉えることも出来ます。

>たかだか弓暦2年にも満たない素人が
ふふふ・・・。言い切りますね。頭の中ではどんな人が書き込んでいると思ったのでしょうね?

ただ、弓を初めて何年とかではなく、何千射は巻藁ばかり引いた方が絶対に良いと思います。そして、本格的に的前に入ってから、巻藁ばかり引いているのはどうかなと思います。的前で自分自身と葛藤する事です。本当に狙っているところに矢を飛ばす技術をひたすら追求しているうちに、弓の神髄がみえてくるのでしょうね。(自分にはまだまだ先の話です。)

最後に書きますが、巻藁至上主義は現実に存在しています。その場合は、どうしても的の存在が軽視されすぎです。その善悪は各々の判断に任せたいと思いますが、弓道の根幹である「的をしっかり狙い、確実に中てる」という命題が薄れるような気もします。

最後ですが、私は巻藁を軽視しているわけではありませんよ。また、初心者の巻藁稽古は非常に重要であることも認識しています。

27:なんじゃまんさん
俺も未熟だなぁ。
ただ、弓暦二年・・・と書いたのは
スレ主さんが高校生弓人?だということで書いたわけで。このサイトには真尻さんの様な尊敬できる方がこられていることも知っております。またこの掲示板でのやり取りが弓道誌に載ったことも。=偉い人もご覧になっていると。

的を意識しても良い弓を引くことが二年間のなかで得られればいいけども、なかなか難しいのが現実か。それならば、巻藁で射を固めて試合に挑んだほうが素直な弓が引けるわけで、巻藁論に同調したわけです。巻藁では素直な弓が引けるから。

もっと色んな練習があってもいいと思うけどなぁ。巻藁至上主義なんて大層なこと言うつもりはないけど、二年という短い時間は切実だから一般の様な気の長い話は言っとられんわけで、顧問の先生が巻藁‘メイン’が良いと感じたのならばやってみる価値はあると思いますよ。うん。

28:茶色の子猫さん
巻き藁だけでは、不十分だと思います。昔は、18万射巻き藁を引いた時点で一人前と認められ、やっと的前に立たせてもらえるそうです。それほど、基礎固めにはなくてはならないものだと思います。ただ、その18万射した人が、的前に立ってすぐ中るようになるかって言えば、多分しばらくは中らないでしょう。巻き藁で作った基礎を的前で視覚的、距離感的に応用していかないと的中には繋がらないでしょう。あと、おもしろくなく誰も続けようって気がなくなるんでは?と思います。やっぱり継続できなければ、全然練習の意味がないですから。

29:半平太さん
顧問の指導方針の問題だと思います。
顧問が巻藁を重視するならば、それを実践する生徒に納得のいく説明をする必要があると思います。それが教育者たるものの義務でしょう。
逆もまた然りです。

私は巻藁好きですよ。
何しろ矢取りに行く手間が省けますから、自分のペースで沢山引けます。
稽古の日は、必ず巻藁を一手引いてから的前に入ります。その後巻藁に戻るときもあれば的前で続けるときもあります。
本番でも、もし巻藁を引ける環境にあったら必ず一手引きます。
体がそういう風に覚えているんですね。

これは中級者の場合なので、高校生にはあてはまらないでしょう。
その段階に応じてメニューを考えてあげるのが指導者の役割であり、生徒としては的前で練習したい気持ちは良く解りますが、指導者をとりあえず信じてみましょうよ。
的前で小手先の練習をしても後に繋がらないですからね。

30:悠さん
みなさんたくさんのご意見をありがとうございます!!色々な意見がありましたがとてもためになりました。返信投稿のなかで宇部中央の練習について投稿がありましたがおそらくはその学校の練習を顧問の先生が意識しているのではないかという話が最近部活内で話題になっています。よろしければ宇部中央について教えていただけませんでしょうか??

31:ノンさん
ってかありえん!!
俺は全然まきわらしないで的前に行きますよ。
それでもほぼ毎日半矢は超えてます!!
まきわらは別にやらなくてもイイくらいです。どうしても射が気に入らなくなったときだけにしてますよw

32:きまぐれさん
コピーはコピーでしかないですから、オリジナル以上の効果を発揮するためには、それ以上の価値や意味を与えないとですから大変ですよね。(まあコピーを進化させてオリジナルを超えるのが日本人の得意なことなんですけどね。)

本題の練習法について宇部中央の練習情報を得ようとしてもネットで得られる情報だけでは宇部中央の練習を超えるために必要な質量に富んだ情報は出てこないでしょう。(最近の過去ログにありましたが巻藁中心、コーチが厳しい、1年生から強い弓を引いているといった断片程度の詳しい情報ではなかったですね。)

先生が宇部中央の練習を取り入れられようとしているのなら何かしら詳しい情報を持っているのではないでしょうか?まさか簡単な伝聞程度の情報であそこがやっているから自分たちも矢って見ようなんて思わないでしょう。最低自分たちの部活の気質・練習条件・取り入れる練習の意味を考えているはずです。


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