部活内に罰は必要?? (投稿10件)[1〜10]


1:黒蠍さん
今日うちの学校で規則を破った人がいて罰を受けることになったんですけど、正直なところ連帯責任って言葉に納得がいきません!!
みなさんの学校にも罰とかぁりますか??それは連帯責任になったりしますか??

2:悠さん
うちの学校は部員が規則破ったらなぜかすべて部長のせいになりますよ!!まぁ規則と呼べるほどのものはありませんが…でも連帯責任は納得できませんよね!!高校生なんだから自分の責任ぐらい自分でとれって感じですよね!!

3:赤兎さん
罰則を設けること自体には異存ありません。あれば多少は気持ちが引き締まるものです。でも連帯責任はやりすぎではないかなぁと思います。連帯にしなければみんな規則を守れないなんてことはないでしょうし。やはり罰を与えるにしても、それは自己責任に留めるのが普通ではないでしょうか?と僕は考えます。

4:les Chattes Noiresさん
僕のところにもペナルティーなるものが有りますが、程度問題だと思います。
黒蠍さんの所ではどういう罰なんですか?

5:茲さん
規則を破ったことは皆さんご存知だったのですか?知っていたのであればそれを注意できなった皆さんにも責任はあると思います。そういう意味で連帯責任はある程度必要だと思います。

6:現役さん
私は、罰は必要だと思います。罰を作るということは。決められたルールを守れないからあるものだからです。だからといって、全て連帯責任というのはどうかと思います。やっぱり、遅刻とか個人的な問題は自己責任ですし!!でも、道場内がウルサくなったとかいうなら、連帯責任とするとかがいいと思います。
実際に考えると難しいことなんですけどね!!

7:道民さん
 罰というのは、部員を罰するためにあるのではなく、部員を罰することがないようにするためにあるのではないでしょうか?つまり規則をやぶることに対しての抑止効果をねらったものだと思います。
 そこで今回その黒蠍さんのところの部員は規則を破ったわけですよね?当の本人に責任があるのは当然のこととして、周囲の部員もその本人が破るに至るのを未然に防止できなかった、またその規則(連帯責任をとる)ということが理不尽だと思われるならば、今までに改正しなかった落ち度もあるのではないでしょうか。
 そういった点で、今回の連帯責任を取らされるということに関しては、私個人としては特に不思議に思いませんし、部活内に罰則は必要だと思います。

8:秘密基地さん
その与えられる罰の相当性についてはおいといて、連帯責任・罰の存在はあって当たりまえではないでしょうか?
法律でも罰は苦痛であり、その効果は未然に悪を抑えるため。悪を犯したら反省させもう二度と悪を行わせないため。です。
善・悪はその世界、体制の主観的なものなので決まりが存在する世界で変わります。

連帯責任は江戸時代から日本にありますよね?「五人組」でしたっけ?あれはやりすぎで疑心暗鬼になると思いますが・・・

前にも発言がありますが、規則を破ることを止めなかった、又は気づけなかった仲間にも責任があるはず。
悪いことをしてしまった仲間を「自己責任」という少しきれいな言葉にして「一人きりでつらい更生の試練」を受けさせるのだと思います。

>正直なところ連帯責任って言葉に納得がいきません!!
>高校生なんだから自分の責任ぐらい自分でとれって感じですよね!!
とありますが・・・

未成年である高校生のとれる責任は範囲がとても少ないですよね。
部活とは別に社会的犯罪で自己責任でとどめるまで能力がないんですよ、親と連帯責任・・・

部活として集団を自分たちで形成しているのだから、都合のいいとき(部活やっていたり、団体戦)だけ皆でわいわいやって、都合の悪いとき(悪いことしたり、その個人が困っている)だけ自己責任といって突き放すのは寂しいですね。。。
卒業してからも一緒に辛い思いをしてくれたり、本気で怒ってくれたり、見返りなしで助けてくれる友達は部活っていうのが多いですし。

9:紫弓さん
一例で連帯責任と言われて思いだすのが学生野球の丸坊主です。これに関しては吟味に吟味を重ねた結果違法性があると言うことで数年前から自由になったようです。当たり前ですが身体にかかわる制約は禁止です。
私としては危険抑止の為の制約なら妥当性はありますが、的中判断による制約は程度による為疑問を感じます。
秘密基地さん言われる様に罰が苦痛なるような内観法(自問自答)による善悪判断は確かニーチェ系の考えにある考えです。扱い方によって変動し易い考えです。
カント系の考えならば全ての事象が個別的かつ有機的に扱うべきなので罰自体には苦痛が含まれることはありません。罰は罰以外の当為を持たないと言えそうです。
ここら辺は程度とか妥当性の話になるので判断は難しいです。政治及び一般社会には前者が考えられますが一般法学には両者を考えつつ行われます。弓ではカント派の考えから派生した真善美を提唱したので後者を考えてたかも知れません。ただカント系の考えは消去法の批判哲学なのでアレルギー反応しやすいかも知れません。

これらの点を敢えて気にする必要はありませんがおおよそ全てが理に適う様にすれば問題ないかと思います。(*^_^*)

10:黒蠍さん
紫弓さん 学生野球の丸坊主の話しについてょかったら詳しく教えてください!!


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