毎回同じ射をすることに? (投稿16件)[1〜16]


1:不動道進さん
あまりいい印象を持たないのは自分だけでしょうか?確かに毎回同じ射をしていれば的中は安定するでしょうし、それなりに射も出来上がるでしょう。ですが自分の考えは常に一本前の矢より次はもっといい矢を出してやろうと云う考えです。こうすればやはり的中は安定しないかもしれません。しかしどうしてもこの考えを捨てきれないのです。満足も納得もできません。こう考えるのは自分だけでしょうか?

2:笹岡さん
毎回同じ射をするのが人間にはムリなようですから、より良い射を求める者はいずれ向上しますし、同じ射をと考える者はいずれ下手になっていくんじゃないかと思います。
射会や審査などではそんなこと言っていられないですけど。

3:佐野さん
いいんじゃないですか
常に自分のベストの射をしようとする事でも安定してきます、きっと

4:とおりすがりさん
どんな射を基準にするかで差がでると思います。
不動道進さんのいうそれなりの射で満足すればそれ以上成長できませんが、自分の考える最高の射と同じ射を目指すならいつまでも成長するんじゃないでしょうか。

5:空人さん
それは的の外側や外れた場合に前の矢より良い矢を目指すのであり、的芯に詰めていたらそれより良い矢何か出せませんよ だから毎回同じ矢を目指すのではないでしょうか

6:笹岡さん
>空人さま
 的の中心に中ったなら、次の矢ではより良い矢飛び、より美しく効率的で長続きする射を目指すのが筋じゃないでしょうか。

7:四法さん
現時点で満足、自分の射に納得する人は
それ以上の成長や進歩を望めないと思います。私も不動道進様の考えと同じです。

8:エセアーチャーさん
この競技は究極の一定性を競うものだと考えているので、どうも納得できないとこがあります。
自分の中では、よりよき射=より一定性の高い射です
一定性を求めることと、もう自分はここまででいいという諦めは絶対にイコールではないと思います。

9:ヒロさん
一定の射を目指す=諦めとかじゃないと思うので。
一定の射を目指すと成長がないと仰る方が多いようですが、一定の射を目指している以上はヘタになることもないと思いますし、成長がないなんて事もないと思いますけど。一定の射が出来る方なんてそう簡単にいないと思いますよ。

個人的な意見ですが、同じような射で的中を出し続けても射形が悪いとか早気とか言われて、結局は否定されるのでしょうが。

自分の理想とする射がどこにあるかで目指すところも違ってきますから。
僕には、一定の射を目指す人を否定的な感覚で捉えられている方々は、何か言い訳をしているかのように聞こえてしまいますね。

10:MIYATA使いさん
自分も、一定的な射形を出せるようになることが一番良いと思います!!いまでた射形より良い物を出せるように…と言う方がいますが、自分が思うのは、その良い射形を常に出せるようになる事が強くなる秘訣だと思うのです。自分のベストな射が常に出るようになれば狙ったとこに常に飛ぶようになるはずですからね

11:佐野さん [url]
緊張している1射目と、疲れが溜まってきた4射目では、違いがあっても仕方ないと思います。
常に「その時のベストの射」を心がけるといいと思います。

12:空人さん
笹岡さま> 次の矢ではより良い矢飛び
試合などの一本もはずせない場面であなたはそれができますか?それができるのなら僕はなにも言いません。ただそれが欲につながり的中を逃したら僕は悔しくてたまりません。極端な話:試合では的芯に8射7中より外黒12時に8射皆中の方が強いことをお忘れなく

13:笹岡さん
>空人さま
 そりゃ・・・、本番ではできませんよ。あくまでも練習の話です。

>的芯に8射7中より外黒12時に8射皆中の方が強い
 ところが、現在の弓道には遠近競射もあるし得点制の競技もある。(ノ_-;)やっぱ的のド真ん中に8射皆中を目指さないとダメみたいですね。

14:ヒロさん
本番で出来ない練習なんて意味がないと思ったのは私だけでしょうか?

得点制はよく分かりませんが、遠近競射は予選を通過してからのことなので、やはり中てなきゃ意味がないですよ。
空人様は極端な例として、外黒8射皆中の話をされたのですよね?

と考えると、僕の個人的見解ですが、射形を安定させると矢所がまとまりますよね?すると自ずと的中が伸びます。それこそ、笹岡様の仰るようにド真中の8射皆中は、一定の射を目指した方が到達するには近道かと思うのですが。

15:空人さん
笹岡さん> 
回答ありがとうございます 確かに個人の順位決定などは遠近競射がありますね やはり試合でも的の星に8本詰めたいところですね

16:半平太さん
お久し振りです。最近引いてませんが一言・・・
「一射絶命」という言葉があります。
一射一射、それぞれ命があり、その一射に全精力を注ぎ込み完結させるものだと理解しています。

私は前の射をなぞる事はしないタイプです。書道でも一書ごと全く同じではなく、仮に生涯最高の出来だと思う字が書けても、それをなぞって同じ様に書いた字は生気に欠けます。
絵にしても、レプリカは決して偶然の産物であるオリジナルを上回ることは出来ません。

私は行射もそれと同じだと思っています。ちと芸術に寄り過ぎかも知れませんが、射るのは的であり自分自身であって、前後の射は関係ないはずではないでしょうか?
一定の矢所は目指しても、一定の射には魅力を感じません
修練により、見た目はある程度一定になってくるものですが内容は決して同じではないはずです。


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