好きな言葉は?? (投稿53件)[1〜53]


1:カズさん
弓道では『正射必中』などと言うようにいろいろな言葉がありますが皆さんはどんな言葉が好きですか??

2:咲さん
射哩観徳です。

3:一馬さん
一射絶命ですね!

4:カズさん
返信ありがとうございます。できれば意味とかも教えてくれれば幸いです。

5:エリカさん
私わ[一射懸命]ですね☆ちなみに[一生懸命]に掛かってマス(^笑^)

6:tsbu-kanさん
「雨露離の離れ」ですね!
離れが下手くそなもので・・・

7:ロバートさん
「我射無邪」(我が射邪無し)
邪心むき出しなので(笑)

8:ナゾさん
満を持す!です。
これぞ、極み!(笑) 

9:むむむさん
「一射入魂」ですかね。
矢を可愛がっていますよ(笑)

10:ひまわりさん
『全国制覇』です。

11:今年から斜面さん
射即人生だね

12:ゆーろすたーさん
「自分以外は皆先生です」という意味の熟語。何だったっけな?思い出せない。でもド忘れしても意味は忘れません(笑)

13:騎虎さん
正射賭命=一射絶命っすかね?
ちなみに前者は俺のOGなんで(巻藁

14:笹岡さん
中貫久です。

15:かぼちゃさん

 こんにちは〜、かぼちゃです。
結構「一射絶命」を好きな言葉に選ぶ人が多いですが、これは皆さんどう解釈されておられるのでしょうか? 私には理解に苦しむ部分があり、非常に気にしているところです。よろしく、ご教授お願いします。 

16:1さん
削除されました。

17:騎虎さん
俺の独断としては外したら腹を切れ。といった解釈ですかね〜。武士道っていうんですか。(射手は何ていうか知りませんが)かの有名な義経(でしたっけ?)なんかがいい例なんじゃないですか?

18:葵使いさん
それは武士道っていうか・・・。

一射に絶命するほどの気魄をこめよということですね。
次があると思うなと。

19:騎虎さん
そういや弓道のマンガに燃え尽きた男が立ち往生してるシーンがありましたね〜。あれがまさしくそうですよね?

20:空人さん
『威風堂々』ですね

21:444さん
かぼちゃさんの疑問でふと思ったのですが、

「一射絶命」って一つの射を持って獲物を確実に仕留めろ、って意味合いではないんですか?

絶命するほどの気迫をこめたり、外したら腹切り、ってことだとえらい事になりそうだと思うのは自分だけでしょうか…

22:騎虎さん
切腹というよりは「外したら次が無い」とでも言っておきましょうか。そうすれば≒「一射絶命」って一つの射を持って獲物を確実に仕留めろ ですよね?もし戦場において的を射損ねたら、その的(敵)の反撃により殺られる事もあるわけですから。

23:お母やんさん
『試合中はふんぞり返るくらい堂々と』w
あと、これは何に対してもですが『勝利』

24:斜面射手さん
行射如流水
残身似開花

行射は流れる水の如く、
残身は開花に似たり。

25:T・Tさん
「俺の射を見ろ!」
審査や試合の時、これくらい自信を持って臨む事が出来ると精神的にも大変良い状態で居られる。
裏を返せば、普段からそう思えるくらいの練習をせよ、と。

26:今年から斜面さん
一射絶命の由来を説明する前にまずは的の中心(星とか金的)の大きさはなんであのサイズかしってます? あれは成人男性の心臓の平均サイズなんですよ で一射絶命ってのは一射で星(心臓)を射抜けってとこからきてんすよ

27:ヤスさん
弓と禅の中に書いてあった言葉で印象深く心に残っているのが「我、独行」です、ちょっと違うかもしれませんが。

28:かぼちゃさん
【一射絶命 壱 】一射絶命の意味
 一射絶命という言葉を考えてみると、直訳からは一射
を行った後、命を断つという意味になる。
 これを弓引として又、武人としての解釈を加えると、
「全身全霊を以て一射に死尽くせ」と理解するのが妥当
と考えられます。 但し、「一射絶命」をそのまま直訳
すれば、一射して死に至ることを意味することとなり、
間違った解釈もあり得るので、前後に言葉を追加する必
要があると思われる。
               H16.12.25 かぼちゃ

29:かぼちゃさん
【一射絶命 弐 】一射絶命の初見
 この言葉の初見は、昭和9年8月頃梅路見鸞の書いた
「顕正射道儀訓読」にみられる「絶命一射」がその言葉
の元だと考える事ができ、その顕正射道儀訓読を教科書
として使った阿波研造が間違えて使ったと思もわれるの
が「一射絶命」という言葉である。
 顕正射道儀訓読では、”本有真如の月を仰ぎ、絶命一
射に自性を照顕し、以て射裏見性の無上果を証得すべし

"と記載がある。
 「一射絶命」より「絶命一射」を考える方が、誤解も
無くその意味を受け取るのが容易ではないだろうか。
               H16.12.25 かぼちゃ

30:かぼちゃさん
【一射絶命 参 】絶命一射と武士道
 絶命一射の価値観を考えるに、「武士道」と比較して
考えて見る。 私の考える武士道とは「悔いの無い生き
方」であり、それはいつでも命を投げ出す覚悟ができる
状態であり、その条件として妥協がない生き方と言える


武士が忠義や忠誠を重んじるのもこれにあり、主君に仕
える者として、主に対する疑いや後悔を持つことは「悔
いが残る事」となり、自己の命を惜しむ原因にもなる。
 切腹もこのことを顕著に現すもので、命を惜しむこと
は自分の生き方に後悔や悔いを表し、潔く自決できるも
のは己の生き方に対して悔いがない事を表している。
 又、日頃の鍛錬もしかり、稽古に妥協があると、それ
らも悔いを生む原因となる。 只ひたすらに、己の出来
ることを尽くし、鍛錬していく人生のことを武士道とい
う言葉に置き換えられないであろうか?
               H16.12.25 かぼちゃ

31:かぼちゃさん
【一射絶命 四 】まとめ
 絶命一射とは、当たり外れや対敵に対する努力の事で
はなく、全身全霊を以て一射を行うことに価値を見いだ
す言葉であり、例えその一射で生死が関わるような中で
も一切の躊躇無く弓を射ることができる状態を言い、後
悔や悔いが残るような稽古を積み重ねたものはその結果
を得ることが難しいという意味も含んでいる。
 命の関わりがない場所での試合や、当たり外れの意味
を含ませて「一射絶命」・「絶命一射」の言葉を使うこ
とはあまりにも軽はずみであるのではないだろうか。
 又、「一射絶命」という言葉は、本来「絶命一射」で
あることを、知っておく必要があるのではないかと、私
思う。
               H16.12.25 かぼちゃ

32:さちょ屋。さん
『射現人徳』
「射は人徳を現す」と言う意。
私はこれですね。

33:ポン酢ファンさん
>かぼちゃさん

なるほど!
時代考証をせず言葉を用いるのは本質からずれ、意味を持たないものになると感じました〜

ちなみに私は、
「高山推車」「玉竹の遊」といった言葉が好きですね〜不断の努力をせねばと思ってます…

34:斜面射手さん
>かぼちゃさん

勉強になりました。ありがとうございます。
やはり論より証拠、ソースを出されたほうが
説得力ありますね。

35:さすらい弓道人さん
「知的好奇心」ですかね。
常に、新たなことに目を向け!耳を傾け!て、いきたいなと・・・

36:弓遊び2号さん
「常在戦場」

漫画から得た言葉ですが。元は宮本武蔵かなんかの剣豪?の言葉のようです。よくは知りません。

意味は読んで字の如く、常に本番であるということでしょうか?稽古だから、という甘えは許されないぞ、ということですね。

37:枕流@宮崎さん
>かぼちゃ様

阿波先生はたしかに梅路見鸞先生の影響を受けて「一射絶命」を唱えられたのだと思います。ただ誤用ではなく阿波先生流に消化した結果がそうなったのだと思っています。そして結論として行き着いた結果、後に続く「射裡見性」「射心常住」と結びついたのではないでしょうか?
そのことをふまえていえば一射無発絶体絶命とは「一箭で死に方を稽古する」という阿波先生の言葉通りに受け取ってよいと思います。

38:弓遊びさん
弓道に関する私の好きな言葉…
『弓引いて遊ぶ』
です。
ハンドルネームそのものですね!
お粗末でした。

39:川さん
『平常心』ですかね

40:只野さん
「人生一生武者修行」ですな。。

41:かぼちゃさん
 こんにちは、枕流@宮崎さん。
 >阿波先生はたしかに梅路見鸞先生の影響を受けて
  影響を受けたと言うより、直に教えを受けています。
 梅路武禅道場の発行していた「武禅」には、阿波研造が教えを受けに、
 梅路見鸞の元に訪れていることが書かれています。 又、阿波研造自身
 は禅の知識も経験も持って居らず、学術的文学的禅知識に於いては浅く
 苦労されていた様です。
  私の師にあたる先生は、昭和初期当時何度か阿波研造と会われており
 梅路見鸞の使いでよく阿波研造の自宅道場に訪れており、訪れると、
 「一緒に弓を引くか?」と道場を閉め切りにして黙々と二人で弓を引い
 ていたと言っておられました。

  >そのことをふまえていえば一射無発絶体絶命
  そうですね、そのことを知っていれば問題はないでしょう。 先にも
 書きましたが「一射絶命」という単体で言葉を使用するのはやはり問題
 があるのではと思いますし、阿波研造が使った言葉の大半は、「武禅」
 や「顕正射道儀訓読」からの引用が多いと言う点で、私は間違って使わ
 れたのではないかと考えています。
                H16.12.28 かぼちゃ
 

42:枕流@宮崎さん
>かぼちゃ様

阿波先生が高門3人をつれ夢影心月流本部道場を訪れていたということは伺っております。
私の知識は所詮書籍で得た知識でしかないのですがそれによれば阿波先生は相当禅の勉強をなさっていたことがうかがい知れます。
ということは阿波先生の禅的知識は梅路先生の指導によるものなのでしょうか?

また一射絶命の語の単体使用については確かに問題があると思っています。
しかし学生などが「一球入魂」のかわりに使用しているのをみていてもまあそれはそれで良いのかな、と思ってみておりました。

43:栄姫さん
私は以前昇段審査の諸注意の時に役員の先生が仰っていた「心身弓」、また師範の先生によく言われた「乾坤一擲」という言葉が印象に残っています♪

44:かぼちゃさん
こんにちは、枕流@宮崎さん。
 先ず、枕流@宮崎さんの読まれた本は「夢影心月流本部道場」
を使用されている点から二代目とされる鷺野氏の門人が書かれた
「弓と禅」でしょうか?
先ず、「無影心月流」という流派は存在しないという点です。
これは、外弟子の1人であった禅僧の鷺野氏が、二代目を勝手に
名乗ったということです。 梅路見鸞は、単に流派という殻に閉
じこもって、小さな事をする人ではなく、弓道界全体の行く末と
又武道全般の行く末と、日本国民の事を考えて居られた方です。
その証拠に「武禅」を当時の各流派・各道場に無料で送り、各自
の射の写真を梅路見鸞の元に送らせて、写真教授を行っています。
 武禅には、当時の著名な射人の射影が掲載されており、長所短
所など徹底的説明されております。 梅路見鸞自身は、鎌倉の円
覚寺で25歳の時に禅の印可を受けており、難しい禅を一般人が
最も理解できる方法として、弓道を取り上げたに過ぎないのです。
>阿波先生の禅的知識は梅路先生の指導によるものなの
 そうです。 本や雑誌に掲載されている以上に、付き合いがあ
ったことは事実です。 それに、阿波研造は弓道がなんたるかを
導くために晩年苦労された話は有名ではないでしょうか?
                    H16.12.29 かぼちゃ

45:某Bさん@アーチャーさん
好きな言葉は他の方も仰ってますが「一射入魂」でしょうか。一射一射丁寧に同じように放てば確実に中るし、練習時間が限られた今では弓ができることに感謝して、一射一射味わうようにやっています。ただ、144射同じように入魂できれば、それなりにちゃんと中るわけですが、それを維持するためにはパワーが必要なのですよね…。最近では戒めを込めて「技は力の中にあり」も好きな言葉(?)に加えております。デスクワークな社会人はいかんです。
弓道には素的な言葉や思想がたくさんありますね。練習方法では8節を取り入れたり先達が築いた「日本の弓」を学ぶ姿勢があったのですが…。イタリアやアメリカが他国の指導法やコーチを神様のように有り難がったとは聞いたこと無いですが日本はねぇ…。という意味で、亀井さんの「先達の精神も添えて」シリーズは面白い企画ですのでご紹介。
http://www.a-rchery.com/magazine00.htm

46:枕流@宮崎さん
>かぼちゃ様

大変勉強になりました。
おっしゃるように私の手元にある「弓と禅」
が梅路先生を知る唯一の手がかりです。
顕正射道儀訓読ですがそのなかにある
”それ弓道は、直心開発”の始まる文のことなのでしょうか。それともそのほかにあるのでしょうか。そのほかにあるのであればぜひご教授頂きたく存じますが可能でしょうか?

47:枕流@宮崎さん
>かぼちゃ様

申し訳ありませんが別にスレを立ち上げますのでそちらに解答方お願いいたします。

48:turuさん
風林火山ですね。

速きこと風の如し
静かなること林の如し
侵略すること火の如し
動かざること山の如し

49:田中さん
「弓心不動」ですかね。
意味は字のままです。

50:まあまあ(さん

絶影無箭
断弦不悔

高校の恩師に言われた言葉
「四矢を詰めて皆中とするのはやめろ。
二十射詰めて皆中だ」

51:SUDOさん
一射絶命です。理由は言葉の響きが格好いいからです。

52:鬼弓師さん
『勝利はよく忍ぶ者に帰す』
修学旅行中にある寺で見つけました。

53:MIYATA使いさん
よく言う言葉ですが…
よく『一射絶命』と言う言葉が使われますが
親友は『一射絶中』と言います。間違えてる訳ではなく、自分的な考えを持っているらしいです


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