侍魂 (投稿14件)[1〜14]


1:現川 鼎さん
弓で最も有名な先人と言ったら、やはり那須与一でしょう。しかし、那須与一に匹敵する先人たちは数多くいるはずです。みなさんが知ってる弓の強者の話を紹介してください!

2:eutさん [url]
梅路見鸞って人ですね。
オイゲン・ヘリゲル著『弓と禅』(原題は『弓道における禅』)の中に出てくる弓の師匠阿波研造藩士も心服していた人物です。
27間(50メートル弱)の距離から、三寸(約9センチ)の的に、一手束中する腕前だったそうです。
この方、明治、大正、昭和の時代の人なんです。
結構最近なんですよ。写真の

3:eutさん [url]
すいません。間違って送信しちゃいました。

続き。

写真も残ってます。凄い人だったみたいです。
流派が「無影心月流」っていう情報を手に入れてるんですけど、弓道やってて、その流派を聞いたこと無いんですよね。誰か存じている方、いらっしゃいますか?
ちなみに自分は古武術関係の本で知りました。

4:枕流@宮崎さん
鎮西八郎為朝(剛弓の代名詞)
一箭の矢で大船を沈めたとか。
八幡太郎義家(弱弓の代名詞)
鳴弦にて主上の御脳を癒し奉った。

5:道民さん
 弱弓の代名詞といえば、源頼義公でしょう。弱い弓で重い矢を引きこなしたといわれています。また源頼政公も竹矢の節陰の謂われをつくったお方です。
 あとは江戸時代の八代将軍吉宗公の時代にいた喜連川公も剛弓の代名詞ですね。

6:半平太さん
源三位頼政といえば、殿上で鵺という怪物を退治したことで有名ですよね。

あと弱弓といえば源九郎義経でしょう!彼は謝って弓が海に流されそうになった時、その弓の弱いことを敵に知られるのを恥じて必死に拾いにいったそうです。

江戸時代のどこかの殿様は剛弓自慢で、十人張りの弓を引き、その殿様が射た矢は家人共が鋤鍬で安土を掘り返さないと出てこなかったとか。

7:おじぞうさん
枕流@宮崎さんの言っている鎮静八郎為朝って知ってます。たしか保元の乱(だったけな・・・)で、150射矢を放ったがすべて命中させた、と本に書いてありました。

8:赤弓さん
たしか、無影心月流は関西の方の大学でやっている大学があった気がします。

9:半平太さん
>鎮西八郎為朝
保元の乱では、矢一箭で馬二匹を串刺しにしたという伝説?もあります。

10:道民さん
>半平太さん
 それが喜連川の殿様ですね。足利家の末裔です。

 がいして弓に関係するのはだいたいが源氏の武将ですね。平家では平教経公くらいなのでしょうか?

11:ワカクワさん
 以前「森茂夫」のときに投稿させていただいたワカクワと申すものです。梅路先生について書き込みがありましたので、余計ながら書き込みさせていただきました。

 私は縁あって梅路先生直系のお弟子さんにお会いすることが出来、いろいろと教わる事ができました。
 27間一手皆中は一番有名でWEBでも出ていますが、あの話は特段珍しいことではなく、旅先でよくやっていたそうです。
 先生自身は七分五厘、今で言うと50キロクラスの弓を使っていたようです。
 道場での稽古は非常に厳しく、悪い部分があると棒矢で叩かれ、足踏みが悪いと足を引っ掛けられ後ろにひっくり返らされたとか。
 あるとき、教本に出てくる先生の何人かが梅路先生のもとを訪れた時、先生が自身の考えを説いていると、訪れてきた方が話を聞いていなかったとか。それで梅路先生が「一手引いて見せる」、と一手引いて見せました。が、矢は一手残念。すると先生は「今のはお前達の引き方を見せてやった。次は俺の引き方を見せてやる」。梅路先生の引いた一手は見事に的心を射抜いたそうです。
 他にも人間離れした話がいろいろあるのですが、長くなりますので割愛させていただきます。

 現在、無影心月流を名乗っている大学や流派があるようですが、いずれも無影心月流のかけらもありません。梅路先生自身が無影心月流を誰かに託した記録もありません。
 梅路先生について書いてある本の中には、まったく事実とは異なることを書いてある部分も多々ありますので、あまり信じ込まれるのもどうかと思います。

12:半平太さん
>道民さん
そうですね、僕は平家びいきなんですけど、平家内では能登守教経くらいしか浮かびません。教経公もどちらかと言うと弓というよりは、総合的に優れた武将だったという印象ですね。

13:eutさん [url]
なるほど。「無影心月流」の継承者みたいな人はいないってことですね。
弟子にあたる(?)阿波研造藩士も、
「大道射教」ですもんね。これもまた、現在あまり聞かない名前。
話変わりまして、
阿波研造藩士のビデオ、高校時代に見たことあります。当時はあまりよくわからなかったのですが、もう一回見てみたいです。

14:佐野さん [url]
>ワカクワさん
私も梅路先生のお弟子さんと、孫弟子さんにお会いする事ができました。

10年ほど前ですが、孫弟子さんはパソコン通信をしていて、「武禅」のテキスト化にも尽力されて、ニフティの武道フォーラムに書き込みされていました。
いまも、ニフティの会員でしたら、ライブラリを見られると思います。

梅路先生は○○流を名乗るのが嫌いで、お弟子さんたちもその教えを守っていたそうです。
たまたま梅路先生に教わる機会のあった方が名乗ったのではないでしょうかね。


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