日弓連の功罪 (投稿51件)[1〜51]


1:憲さん
日弓連の功罪について考えてみたいと思います。カタい話ですが、「日弓連ってなんだ?」「日弓連ておかしくないか?」ということでしょうか。
これと前後しますが私は「近代弓道史」は知りません。これを機会に勉強になり、またみなさまの知識の一端になればよいと考えました。
私は浅学ながら、日弓連に疑問を感じるものです。ただし言いっ放し悪口はどうかと思いますので日弓連の貢献も同時に考えてみるべきかと思います。

功…戦後の弓道の普及、世界弓連の設立(予定)
弓道を一般化させ、練習する環境を整え、世界に広めたということは素晴らしいと思います。
罪…「統一」に走りすぎによる流派弓道の軽視、学生弓道への介入、審査の不公平さ。
体配の統一の話を耳にしましたが、流派によって考え方が異なるのでどうかと。各流派も尊重かつ普及してもらえたらなと考えています。
学生弓道と一般弓道では考え方が異なる部分があるのではと思いますので日弓連が深く介入するのはどうかと。また一般弓道が学生弓道を軽視する傾向も疑問です。世代ギャップもありますし。個人的には髪型、色くらいはいいんじゃないかと。武士がよろいかぶとに、紳士がネクタイなどに凝るのと近いものがあるのでは。学生弓道と一般弓道が共存共栄できるとよいのですが…
審査では、とある県のとある段までは「金で受かる」、また別の県では「とある流派だと落ちる」、「高校生は三段をうけてはならない」ということがあるようです。

こんな感じだと日弓連への誹謗中傷というほどのもんでもないと思いますし、関係者の方にそれほど不快感を与えないかと。基本的には「楽しく弓道したい」との思いがあります。できることなら功罪両方あげていただきたいですね。
またこのスレでアメンボの毛先程度でも弓界に貢献できたらと思います。

2:半平太さん
イマイチ論点がぼやけてませんか?
それと「近代弓道史」を学ばれるのであれば、掲示板に頼らず文献や流派のウェブサイトなどを当たってみることをお薦めします。

3:斜面見習いさん
気に入らなければ日弓連に入らなければいいだけでしょう。 楽しく弓を引くというだけならば連盟に登録する必要は全くないからです。 また、金や道場の話ですが、僕は気にしませんね。 金の使い道なんて、此処で騒ぐものじゃないような気がしますよ。 此処に書くよりは直接言ったほうがまだ効果はあるんじゃないですか? また、流派は流派でうまくやるんじゃないですか? 門下が居なくならない限りは潰れないと思いますから。 またこの流派の問題を流派に属さない一般人が考えても仕方ない事(推測の話)だと思いますが。

4:梅さん
私はそんなつもりでいったんじゃないんですけどね。私が別のスレでいった再評価は別に特定の立場からの不平不満を正当化するためのものではありません。弓道の発展のためというのなら一弓道人としての立場とは別個に全体を見渡す冷静な目が必要だと思うのですが。じゃないと「つ○る会」みたいな無意味な議論になっちゃいますよ。誤解を招くような偉そうなこといってすみませんでした。以後この種の発言は慎むようにします。

5:斜面射手さん
審査が不平等なのは、協会の意向ではなくて
地域の意向。明確な規定が設けられないのは、弓道とは
あたってナンボではないから。流派にかんして
排他的なのではなくて、現在の弓道人が流派に対して
無知なのと、流派自体も普及に積極的ではないから。

と、思います。

6:ハラショさん
日弓連の問題は、他の武道でも同じかも知れませんが、いわゆる先生と呼ばれる人たちが群れてなにかと仲間だけを優遇したりする、口利きワールドを構築しがちなことでしょう。
それは一部なのでしょうが、それが団体の上の方がそうであったりするとたいへんですよね。

7:響さん
日弓連についてよく知らないのにこのような議論をすべきではないと思います。知らなくては客観的に判断できずに主観的となり、結局自分の不満を言い合うだけになってしまうからです。
また、学生弓道と一般弓道についてですが、一般弓道は"弓道"の意義を多分に含むように思います。対して学生弓道はどうしても的中術に走ってしまいがち、つまり"的中てゲーム"的な要素が含まれているように思います。短期間で行なうのでしょうがないとも思いますが、しかしこれは私が学生弓道を行なっていた頃から感じていたことです。学生でも、もっと弓道を知るべきだと思います。

8:勉さん
>響きさん

あなたが学生弓道に対して言っている事も似たようなものに見えてしまいますが。

9:ハラショさん
掲示板って、どうしたって主観の集まりでしょ。

だいたいよく知っている人って内部の人なわけで、一般会員がどのように感じているかが重要だと思いますよ。また、一般に自身の欠点ってわからないものですよね。

10:遙さん
"的中てゲーム"的な要素が含まれている・・・のかもしれませんが、学生弓道を現役でやっている者から見ると端からそのように思われているということがとても切ないです。
世界は広いわけですから、色々な意見のヒトがいて当たり前。
けれど、やはり今自分が身を置いている所を悪く言われるのは悲しいことです・・・。

日弓連のことをよく知りもしないのに云々は言えると思います。
しかし、個人の意見を述べるのはよいのではないでしょうか?
相互間の意見を知ることによって自分の中で新しく何かを考えられるようになるかもしれませんし。
ただ、誹謗や中傷文はいかがなものかと思いますが・・・。
それも個人個人範囲の違う曖昧なものなので、どこまでがその範囲に当てはまるのかも微妙で難しいのですがね・・・。

個人的主観で書いておりますのでこの文を見て不快に思われる方、いらっしゃいましたら申し訳ありません。

11:にっしーさん
私は日弓連という組織については、あまり知らないです。
逆に知っている人が少ないから、いろんな噂が立つのではないでしょうか?

組織が大きくなると、管理することは容易でない事は想像できます。
完全な組織など、この世には無いのかもしれません。
一人一人を満足させようとしていたら、ルールを作れないような気がします。

個人の意見としては、
1.流派の軽視に関して
・指導者の問題
流派で弓を引く場合、指導できる指導者が限定される。
弓を引く人間も、同じ土地に永住する事が困難な時代であり、指導される側も、指導を受ける機会を失い易い。
・流派混合での体配の問題
統一の体配は混合で引く場合は必要ではないでしょうか。
また、流派の体配を一度でも許してしまうと、ルールが曖昧になり統一の必要性が疑問視される恐れがあると思います。
それは即ち、何でもありと誤解される恐れがある。

2.学生弓道への介入
これについては、詳細な説明が無いことには、
説得力が無いように思います。
私が学生時は、学生弓道連盟への介入は感じませんでた。

3.審査の不公平さ
高校生以下の審査についての不平等を感じたことはあります。これについては、
「参段、、」と言うスレッドに、
射楽斎Uさんのレスが良い参考意見としてあります。
私個人的には非常に納得しました。

しかし、明確な基準が無い事による不信感を生むことは事実であり、良くない傾向にあるような気がします。
何歳以下は何段までや、○学生は何段まで。
そう言う基準を設けることには、必要ではないでしょうか。
不平等と感じて、弓道界に対して悲観的になって辞めてしまう人も聞いたことがあります。
もし事実なら、そんなくだらない事はないと思います。
その人が弱い人間だとしたら、弓を続けることによって変れたかも知れない可能性を潰した事になる。
組織として、誤解を避ける事は必要だと思います。

最後に、
問題のない組織があるとは思いません。
その問題を放置する組織は問題だと思います。
そして、その組織に属する私達が他人事である以上、
その組織は良い組織にならないと思います。

12:ポン酢ファンさん
流派弓道の軽視とありますが、五月に行われる全日本弓道大会で古流体配の演武が行われていることについて知っていますか?
また流派弓術は、地域性および師弟関係の永続性が求められるので、学びたい人はその師匠のところまで自分から教えを請いにいくのが本筋ではないでしょうか?
それに流派弓道の師範で日弓連の範士という先生もみえますよ

審査で不公平がある、ってのはちょっと傲慢ではありません?
例に挙げられている高校生で三段に合格することと、その後合格するのとではどれほどの差があるというのでしょうか?これは自己満足の次元ではないのですか?

学生弓道の軽視、っていうのは何をいわれているのですか?学生(高校生&大学生)の中には大会などの進行に
協力しない人もいるから、冷たい目で見られることはあるかと思いますが

別段、現在の体制で功罪はないのでは

13:響さん
私は以前、高校生の時に弓道部の部長を務めていました。これはそのとき、つまり学生時代から感じていたことです。
とは言え私も的中てゲームをし、的中を誇っていた時期もありました。ところが部長になってから(それ以外にもきっかけがあったのですが)その時の射に疑問を持ちはじめました。そこで今まで気にしなかった体配や八節の一部にも意義があることを知り「的に中てる為の術だけを求めるのが弓道ではない」と思うようになったのです。それ以来、心技体すべてに気を配るようになり、またそのような射のほうが遥かに素晴らしく、そして中たると思ったのです。

14:響さん
しかし、周りを見ると依然、学生特有の的中てゲーム的弓道をしている人ばかりでした。
実際私が的中てゲーム的弓道をしていたときには不安定さを感じていましたし、心技体すべてに適った弓道のほうが安定した射ができるように感じていました。強いチームにしたいという思いもあり、部長という立場もあったのでそのような主張をしましたが、結局あまり分かってもらえず、(そのせいだと断言はできませんが)思うような結果を残せませんでした。
このような経験もあるので、学生の方には術だけに偏らず、広い目で弓道を見ることで、よい思いをしてもらいたいと思ったのです。

15:元学生さん
響さんへ。学生弓道を響さんの周りだけみて判断される
のはどうかと思います。

響さんの学生時代とは高校だけでしょうか?この掲示板
をみるのは大学生もいます。少なくとも大学の学生弓道
のことに触れないなら、響さんは学生弓道についてよく
知らないといわれてもしかたないですよ。

16:クリークさん
雑誌「弓道」にかかれていることについて皆さんに聞いて見たいと思います。2003年7月号のP11の記事について大変憤りを感じました。「男子は質実剛健、女子は容姿凛然を貫くべきである。」とあります。この投稿者は一体何がしたいのか。現代、セクシャルマイノリティーが叫ばれる中での少数者排斥、不当差別に他ならないと思います。男は男らしく、女は女らしくと言う考え。男性であっても女性であっても行動がその性別によって規定されるのは不当差別の何ものでもないと思います。次に、「世相が西洋化する中で今こそ弓道こそがわが国の古き良き伝統を守り・・・」とあります。何故そんなことが言えるのか?弓道至上主義に聞こえてなりません。それに、古き良き伝統とはなんですか。真珠湾を攻撃し、太平洋戦争を起こし、アジアに東亜新秩序を建設しようとしたことですか。日本文化は元から自己凝縮性がないのです。日本らしい文化が成立したのは国風文化から。もともと中国からの輸入です。さらに明治維新。西洋文化を日本文化に流入させ新たな文化を成立させてきたのです。そして現代のさらなる西洋文化の流入。これこそが古くから変わらぬ「日本文化」ではないのでしょうか。

17:ゆーこさん
>「男子は質実剛健、女子は容姿凛然を貫くべきである。」現代、セクシャルマイノリティーが叫ばれる中での少数者排斥、不当差別に他ならないと思います。

全くそうだと思いますが、これは、弓道教本1巻に載っている文です。この投稿者は、教本にのっとって書いていると思います。ですから、「現代」ではないのです。クリークさんの意見を尊重するならば、教本を改訂するべきです。教本の改訂については以前から提案されているようですが、実現していません。私も、「男は男らしく、女は女らしく」というのには、我慢できません。「男らしさ/女らしさ」がなにをさすかは、全く個人の自由だと思います。ですが、男は男であり、女は女であるというのも事実だと思っています。歩きかた、立ちかた、はかまのはき方などそれぞれの性別で、最も美しく、機能的であるよう定められていると思います。ただ、体格にも個人差があるので、それを性別だけでくくるのは、どうでしょうねえ?

18:半平太さん
質実剛健は内面的なことであるのに対して容姿凛然は主に外面的なことを指しているので、確かに男女に対応させる言葉としてはあまり相応しくないですね。
本来は男性でも女性でも弓道で目指すところに違いはないと思います。
ただそれが何故少数者排斥や不当差別と映るのかが私には解りません。少なくともこの文面からその様な意向は読み取れませんが、文脈的にそのような書き方がされていたのですか?私の記憶からはその様な印象はありませんでしたが。

後者ですが、中国の古来の文化の影響を受けているにせよ、少なくとも弓道が日本的な文化であることに間違いはないと思います。古きよき伝統が真珠湾攻撃や太平洋戦争を差しているのでは無いことは明らかですね。日本の文化が他国の文化を取り入れて発展してきたという点には異論はありませんが(江戸時代を除く)、古くからある一般的に良いと思われる物から学び、残そうとすることの何が悪いのですか?

19:クリークさん
「少数者排斥や不当差別」についてですが、私の表現が不適切であり、まことに申しわけありません。次に、歴史についてですが、「古くからある一般的に良いと思われる物から学び、残そうとすることの何が悪いのですか?」と言うお尋ねですが、私は良い面を伝えていくことには賛成です。しかし、ここで言いたかったことは「何が良い事」なのかということです。人により価値観の差が開いている現在、何が良いことで何が悪いことなのかを判別する根拠は何かと言いたかったのです(法に触れないなどの倫理的問題は除き)。つまり、私の考える染髪禁止等の根拠の無い伝統・一方的な押し付け論は止めるべきだと主張したかったのです。その観点から見ますと、自分の投稿がいかに不適切かつ、論理不明解であったかを痛切に感じております。大変申し訳ありませんでした。管理人さんに削除を依頼いたしましたので、数日中には削除されると思います。多数の方に自分の主張を見て欲しかったのですが、それなりに文章を推敲すべきでした。深く反省し、二度とこのような誤解をまねくようなことは無いよう努めてまいります。返信をくれた皆様、そして管理人さん、申し訳ありませんでした。

20:半平太さん
削除以来を出されたとのことですが、個人的には別に問題のある投稿だとは思いません。
何が良いことで何が悪いことなのか、というのは確かに難しい問題で、我々弓道人は弓を引くという稽古を続け、また色々な人との出会いを通してそれぞれの解を見つけていくべきなのではないでしょうか。
仰るように価値観の多様化した現代に、弓を引くという一見単純に思えることが何故こうまで老若男女を問わず人を惹き付けるのか、その辺りにヒントがありそうな気がします(^^
結局私も論理不明解です(笑

21:クリークさん
半平太さん、返信ありがとうございます。そのように理解いただけてうれしいです。私は高校3年間を通じ、このようなことを思い誰かに打ち明けたかったのですが、周りの雰囲気や様々な影響があり言えませんでした。
半平太さんのレスは全く論理不明解ではありませんよ。このレスを通じて大変勉強になりましたし、改めて自分の無知に気付きました。今、大学受験なのですが(受験勉強しろよって感じですが)自分の見識を広げていけるよう、大学で勉強、弓道に励んでいきたいと思う所存です。返信ありがとうございました。

22:弓道人さん
ここでは弓の話を除いて、歴史の話。

>古き良き伝統とはなんですか。真珠湾を攻撃し、
>太平洋戦争を起こし、アジアに東亜新秩序を
>建設しようとしたことですか。
近代史の一面を取り上げているのでしょうが、日本もあの当時は必死で世界の列強に飲み込まれないように色々とやっていました。日本は欧米列強に追随したに過ぎません。如何せん日本は出遅れて、諸悪の根元のようにされてしまいました。まさに勝者の歴史がそこから始まるのです。
しかし、負の歴史は負の歴史です。日本人は是を忘れることなく、これからに生かしていくしか有りません。また、戦で亡くなった人々の上に現代日本が成り立っていることもお忘れ無きよう。

ここで言う古き良き伝統というのは、国が取った政策ではなく、戦後失われつつある、本来の「日本人らしさ」を指すものと考えます。

>クリークさん
学生時代の社会科は何を選択されていましたか?
クリークさんの日本史観はどの様にして作り出されたのでしょうか?教師の中でも大きく異なる歴史観ですが、非常に興味があります。

23:クリークさん
まことに申し訳ないのですが、それも推敲不足です。文意からしてその様なことは読み取れないのですが、勘違いでした。さて、弓道人さんのお尋ねの歴史観についてですが、世界史をやっておりました。しかしながら、私の歴史観と言うものはきわめて浅いものですので、それを「観」と呼べるものではありません。ですが、様々な問題を考えるときにわが国の問題点や根本的性格などを知らなければ理解しがたいと思ったので、新書や有名な方の評論などを少しかじりました。
結果的に自分の中での(ごく薄いものですが)歴史(観)が出来たのだと思います。

24:クリークさん
スレの題名と内容がずれてしまい申し訳ありませんでした。
>>弓道人へ
皆様の迷惑になるとおもうのでこの辺で。
なにか弓の歴史や認識について新しいスレが立ったときはそこでお会いできることを楽しみにしております。返信ありがとうございました。

25:弓禅さん
近代の日本文化は西洋文化から多大な影響を受けたものに過ぎません。それよりも昔から存在した東洋的な日本文化は現在薄れつつあります。
現代世界に広まっている西洋的文化というものは「便利さを得るために周りの状況を変化させる」ものです。山にはトンネルを掘り、川には橋を架け、まがった川を真っすぐにして周りをコンクリートで固め、工業を発展させ…と自然に逆らい、人間の欲望のままにやりたい放題にするのです。明治以降の日本も西洋文化に影響を受け、様々な戦争・侵略行為を行なったこともありました。また地球温暖化などの様々な環境問題も引き起こしました。

26:斜面射手さん
話がそれますが・・・
一言いわせてください。

>クリークさん

日本の戦争に関しては、war guilt infomation programという
戦勝国の策略が埋め込まれた知識が教養として日本人に刷り込まれているので、
戦時の日本は悪だったという短絡的な考えはどうかとおもいます。
歴史をしっかり学べば(教科書レベル以上)現代日本国民の左翼化が
異常であることに気がつくと思います。

流行にながされて伝統を軽視するのはよくないです。
少なくとも、弓道をするときくらいは、俗世から自分を
切り離して、弓道という文化の中で弓を引きたいものです。

27:弓禅さん
それに対し、日本・中国などを含む東洋文化は「周りの状況に合わせて自分の心を変化させ、適応する」ものです。山があっても川があっても、それを越えなくてもよいような工夫をする、つまり自然に従うのです。
弓道は東洋文化の影響を多大に受けていますから、このような一面が見られます。自然の理(法則)を見いだし、それに適応した合理的な射をすることです。教本にも自然に適応するというような内容は数多く記されています。「自然体の射」と言うのもその一つですし、八節自体が自然の理に適ったものです。

28:弓禅さん
私は弓道教本の改訂は不必要だと考えます。仮に改訂するとしても、それは射技の部分だけで十分です。なぜなら東洋的考え方を含んだ根本理念は素晴らしいものであり、その理念を改訂するより寧ろ、現代にその理念を主張することのほうが重要に思うからです。
西洋文化が広まった現在、それを完全に東洋文化に切り替えるのは不可能に思います。しかし、欲望むき出しの西洋文化によって起きた様々な問題を解決するために、東洋文化がその助けとして、周りの状況に適応することを教えるのも重要なことと思います。そのために弓道の理念を生かせれば幸いです!!

29:クリークさん
管理人さん、申し訳ありませんがどうしても主張したいことがあるので、スレ内容がずれていますがご容赦ください。
弓禅 さんはまず「戦時の日本は悪だったという短絡的な考え」と述べていますが、少々勘違いなされてるのではないでしょうか。人を殺すことはいいことなのですか?日本が流入した西洋文化によってまた、その当時の状況によって日本が動いたことは否めません。私が言いたいのはそんな表面のことではなく、無実の人を殺した事にどう対応するかと言う事です。結果です。目的のために人は殺されていいものですか。そのことを言っているのです。失礼ですが、教科書レベル以上うんぬん言う前に現行の日本義務教育でもそれぐらいのことは学習できます。
次に、「流行にながされて伝統を軽視するのはよくないです。少なくとも、弓道をするときくらいは、俗世から自分を切り離して、弓道という文化の中で弓を引きたいものです。」とおっしゃっていますが、これもおかしくは無いですか?日本文化というものは自己と対象が一緒になったもので、日本文化の中にある弓道もその連鎖性の中に組み込まれているのです。ですから、結果としてそのことは実践できないでしょう。

30:クリークさん
次に、「教本にも自然に適応するというような内容は数多く記されています。」と述べられていますが、教本は正しいのですか?編集者がそれこそ神でないかぎり無理でしょう。なぜなら、人間の書くものに中立は出来ないからです。もしかしたら、自然とは対応せずに他の何かと対応しているかもしれないのではないですか。弓禅 さんはそれを意識せずに、先ほど述べた日本文化の連鎖性の中にもうすでに組み込まれているのではないでしょうか。
次に、「東洋的考え方を含んだ根本理念は素晴らしいものであり、その理念を改訂するより寧ろ、現代にその理念を主張することのほうが重要に思うからです。」と述べられていますが、弓禅 さんの考えと食い違っていませんか?はじめのほうに、現代の歴史教育が戦勝国から押し付けられ、日本が悪だという短絡的な考えはどうかとおっしゃっています。つまり、ある特定のものが一方的な方向から押し付けられているから、着実に学び、対象を理解せよと述べられています。これから見ますと、弓禅 さんの考えもそれも一方の方向性の考えを押し付けていませんか。「素晴らしい」「重要」と言うのは弓禅 さんの私見であって、押し付けられるということは、弓禅 さんの言う戦後の戦勝国からの一方的な押し付けと本質になんら変わりは無いと思います。
私が言いたいことは西洋・東洋文化相互に一長一短があり、それはその状況や、場所、またイスラムのような先の2文化が通りにくい文化が存在し、東洋文化至上主義のような主張は間違いではないかと考えます。
最後に、管理人さん、ご迷惑をおかけしてほんとうに申し訳ありません。

31:斜面見習いさん
そんなに気に入らないのなら弓道しなくていいのでは? 世の中どんな場所でも決まり事は存在します。 その規則の中で楽しむ(修行?)でいいのではないでしょうか? また、戦争の話ですが、当時の事を現在に持ち出して感情だけで意見を言うのはどうでしょうか? 大袈裟かもしれませんが当時、血を流された方がいるからこそ現在があるのでは? これ以上言うのなら新しくスレ立ててください!

32:クリークさん
私は弓道は楽しいのですが、その環境などに問題があるのではといっているのです。差別的見識がある部分を何故、疑問に思わないのでしょうか。私の返信内容はお読みになりましたか。
それと、戦争についてですが、感情に任せ言っているのではありません。感情にまかせて言うなら、その倫理観を問うたりしません。ちゃんと、趣旨を汲み取ってください。
最後に、本当に内容がずれてしまったのでこれ以降は返信しません。

33:半平太さん [url]
こんばんは。議論のことに口は挟みませんが、一つだけ。
弓禅さんのレスの間に斜面射手さんのレスが入っています。
ちょっと確認してみてください。

34:クリークさん
全部ごちゃごちゃになってすいません。。
無視してください。。
管理人さん、できれば上記の私のスレも全部削除してください。
本当に、迷惑かけて申し訳ありません。

35:梅さん
斜面射手さんのおっしゃる通りです。その上で、クリークさんの議論が何故、太平洋戦争の話題になり人殺しはいけないという風に展開されるのか理解に苦しむ。このスレの表題から弓道の歴史的再評価の必要性が導かれ、日本近代史にまでテーマが拡がるのはわかる。氏の議論の問題点は日本近代史=太平洋戦争の敗戦とあまりに単純化して捉えている点である。しかも氏の議論は肝心の弓道との関わりについて触れられていない。ゆえに氏も認めるような場違いな議論となってしまった。もちろん戦争を肯定するつもりはない。氏の言う通り戦争も殺人も×である。

36:梅さん
しかし、歴史から何かを学ぶにはその過程を慎重に検討していく必要があると思います。戦争→×こんな当たり前のことはいちいち言うまでもないこと。いずれにしてもこういうテーマで議論するのに一知半解の知識イメージでは不十分な上に不毛な議論となるでしょう。弓道に関しては大先生の自伝などに頼るしかありませんが、まずはそれらを少しでも読まれてから議論されてはいかがでしょう。私も我慢できずに書いてしまいました。

37:斜面射手さん
クリークさん、日本の戦争を引き合いにだすならもう少し日本がどんな目にあわされてきたかを勉強してください。その程度の考えは非常に幼稚です。

38:半平太さん
まあそんなに厳しく仰らずとも。
私が言いたかったのは、クリークさんが斜面射手さんのレスを弓禅さんのレスの一部と勘違いされているのではないか、ということだけです。
問題意識を持つことはいいことだと思います。それをよってたかって攻撃するのは好みません。

39:弓禅さん
25・27・28の私の発言ですが、三連続にしたかったのですが、私の送信が遅かったため間に26を挟んでしまい、とても分かりづらくなってしまいました。管理人さん、もし可能であれば25て26交換してください。

>クリークさん
「神でなければ無理だろう」とのことですが、弓道には『神人合一』という言葉があります。神(=宇宙)と一体となった射をしなさいという意味です。そしてこのような射を実践された射手も過去に多くいたことでしょう。ここでいう神ですが現在、世間で言われるような曖昧なものではないと思います。

40:弓禅さん
神とはこの宇宙を支配する根本原理(物理や化学などの諸法則)だと思います。これらは目には見えませんが、この世界の物事はすべてこの原理によって動かされています。しかし学問によってそれらが証明されるまではその存在が明らかではなかったので"神"という抽象的な言葉を用いたのだと思います。
こう考えると神は身近にいることになります。そして先人達は、弓道を通してその神を見いだし、それに従おうと様々な努力を重ねてきました。弓道に禅を取り入れようとしたのもその一つです。いわゆる無心の状態によって神を見いだし、それと同化しようとしたのです。

41:弓禅さん
先人はそのために命を賭けた厳しい修業を積み、ついに神と同化できた方も大勢いました(これは弓道に限らず、諸武道、また中国の気功などにも言えることですが)。
そしてそのような人の教えを基にして作成されたのが現代の「弓道教本」です。前に説明したように、神とは宇宙の根本原理ですから、それと一体となった方を基にした弓道教本には宇宙の根本原理とそれに如何にして従うかということが終始書かれていると私は解釈しています。
文化は変わっても宇宙の原理は変わりません。その意味で、その原理を説いた弓道教本は基本的に変わるべきではないと思います!

42:半平太さん
>弓禅さん
私の教本の解釈は違います。
教本の冒頭で弓道の成り立ちや歴史について触れられている所は別として、基本的に私は教本に宇宙の原理を求めてはいません。
それよりももっと実務的というか、例えば基本の動作の仕方、射礼の仕方、射法の体系などを確認する資料として重宝しています。
自分の上達に従ってその一字一句の意味が解って来る深さはあると思いますが、神とか宗教的な思想はどちらかというと教本からは感じ取れないように思います。また、それが正しい教本のあり方だとも思います。

弓禅さんの仰っていることはどちらかというと阿波研造先生の大射道教寄りの思想ではないですか? 阿波範士の高弟である神永範士は2巻で出ておられますが、技術的な説明が主だったと記憶しています。(違っていたらごめんなさい。今ちゃんと確認した訳ではないので)

それから、ついでですが、よく教本の射、と言ってあたかも教本が一つの射法を押し付けているように思っている方が多いようですが、私は教本は少なくとも射技に関しては相当の幅を認めていると思います。
2巻、3巻と読み進めていくと、当時の何人もの大家がそれぞれの意見を仰っており、写真だけ見ても皆さん同じ様に引いている訳ではないですよね。
教本の射=八節図 という考え方は違うと思います。

43:弓禅さん
>半平太さん
私は『神』という語を用いて、弓道を宗教的なものにしようとしたのではありません。ただ話題にも取り上げられ、説明に都合がよかったので使っただけです。
私は半平太さんの教本に対する見方は決して悪くありません。寧ろ理想的でさえあります。
しかし一歩踏み込むと、教本の射も各流派の射も宇宙の原理、特に弓道では物理の法則に適った形を追い求めた結果にすぎません。三重十文字や五重十文字がそのよい例です。これらは平行と垂直を基本にできており、これらの角度は物理的には最も力を効率よく伝えることができるからです。

44:弓禅さん
これ以外の射に関する様々な教えも同様に、物理的に最も合理的にできたものばかりです。現代でこそ物理などの学問によって様々な法則を知ることは容易になりましたが、そのような学問がまだ無い時代に、先人達がこれほど合理的な形を追求できたのは驚くべきことにも思えます。
話がそれましたが、このようなことから結局は、形を追い求めるということはつまりはその原理を追い求めていることにすぎません。なぜなら、矢は直接的に形によって飛ぶのではなく、その形が生み出す物理的に理に適った力によって最も正しい道を飛んでいくのですから。

45:元学生さん
弓禅さんのお考えは、弓道は既に究極の域に達しており
これ以上の発展はないという事でしょうか。

先人の技術が最も合理的なのでこれ以上技術の向上を
求めないという考えは本当に良いのだろうかと思います。

教本の37ページにも常に進化してやまないものでなくて
はならない」とはっきり書かれています。
最も合理的だと思うよりこれからも進化発展するものと
考えたいものです。

46:斜面見習いさん
一人で連続して長く書かれると携帯組には非常につらすぎます。また、僕的には宇宙や神を出されるとわかりにくいです(否定ではありません。) もっと簡単に話していただくとわかりやすいのですが、、、。 スレとは関係なくてすいません。

47:ハラショさん
こういったトピックスでけっこうな賑わいのあったことを、弓道誌が掲載するのかどうか、注目したいですね。

48:デビさん
デビ@管理人です。

削除依頼等いただきましたが、今回は削除しない方向とさせてください。注意事項にある様に、削除依頼をすればすべて削除するモノではありません。(内容に無責任になってしまうからね)投稿前に内容確認いただければと思います。

このスレッドで出た話題の多くは考えさせられる問題でしたが、議題が多くて話が発散している様にも感じます。必要であれば別途スレッドを立ててください。1スレッド1テーマくらいが望ましいですね。

よろしくどうぞ。

49:熊本人さん
すっごく皆さん弓道を深く考えているんだなぁと感心しました。ところで、ひとつ素朴な疑問が生まれたのですが、例えば完璧に八節通りに弓を引けたなら的には中るんですかね?

50:半平太さん [url]
デビさんも仰っていることですし、それは新スレで議論するほうがいいと思うのですが

51:熊本人さん
それもそうすね!すいませんした!!


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