審査を受ける意義 (投稿29件)[1〜29]


1:にっしーさん
私は、「審査とは?」と聞かれると「自分の実力を試す場」
と答え、「段・称号とは?」と聞かれると、「自己満足」
と答える者です。
「自己満足だと!?」なんて聞こえてきそうですが・・・。

よく”学生弓道と一般弓道の違い”なんて題うった文面を見ることがあります。
ありきたりの物では、的中主義と審査主義なんていう
区分をしてる文面が有ったりして、
それ見て、(微妙だけど確かに)なんて思ったり。

審査嫌いの学生7年、一般で4年が経とうしてます。
(現在1年半休業中なんで正確には2年半かな)
一般に入って1年は、偶然一緒に入ってきた後輩と試合に出る事が楽しくて、審査にお金払うならもっと有意義な事に使います的な考え方してました。
しかし、一般の段による階級社会を思い知らされる事になったのは、入って1ヶ月後の事でした。

弓暦2年の弐段の人が、弓暦7年の初段の私に射について質問されました。それに答えた後、道場の先生から
「高段者に低段者のお前が偉そうに指導するな!」
と言われる始末。「すいません」と言いつつ、
(こりゃごもっとも。くだらないこだわりだ)
と内心思ってた訳です。
学生弓道出身の私は一般の弓に何かを求めて入った訳では無く、私にとって暇つぶし的要素でしか無かったのです。
ある程度予想はしてた部分は有りましたが、一般と学生のギャップの大きさを日に日に感じ、弓に対する熱さが薄れ荒んでいく中で、他人の事なんてどうでもいいや的な考え方になってしまってました。
それから私は質問に答えたりアドバイスをする事は無くなりました。

1年が過ぎ転勤になった私が今の道場に入門して、
私の考え方を変える人物に出会うことになりました。
一般に中りですごいと思える人なんていないと思ってたのですが、その人の射には衝撃を受けました。
学生弓道出身で五段、その年の国体選手だったその人は、
私が初段だという事に不思議そうに、
「段取ったら?別に段取ったからって偉いわけじゃないけどさ。所詮、弓道は階級社会なんだから、段取らなきゃ何言ったって説得力ないだぜ。」
と、強制する訳でもなく、段がすべてと言う訳でもなく、
他人事の様に不思議がる様子で。
五段の国体選手、的中と昇段審査を両立させている人だから、てっきり多少馬鹿にされるのかと思ってた私は、あっけに取られました・・・ただ、不思議そうに問い掛けるその言葉に・・・。

私はその時気付きました、審査嫌いの理由が。
高校生と一般の審査の不平等と感じる嫌悪感や、的中の無い高段者に対する審査基準の不信感からの嫌悪感。
しかし、それは悲観する現実から審査を受けない為の、
自分への言い訳だったのではないのか?
そして、私の中で「審査」は自分を高める為の場であり、
結果として付いてくる「段や称号」は自己満足という
答えを見付ける事によって、嫌悪感は消えました。

昇段審査について、どう御考えでしょうか?
(ちょっと、長いスレになっちゃった(汗))

2:学生aさん
そこは難しいところですよね。
昔市営の道場で練習をしているときに一般の方に「学生さんはよくあてるね〜」と明らかに嫌味を含んだ様子で言われ、とても悔しい思いをしました。他にも「学生は中てなきゃね」みたいなことを言われたことがあるので、「学生だって的中だけじゃないぞ!」という意味も込めて、一般の方に見せるつもりで審査は受けています。
不順な動機ですみません。

3:半平太さん
にっしーさんは正しい体配や息合いを学んでらっしゃいますか?
基本的に正しい体配や息合いがあってこその正しい的中なので結果としての的中のみ追い求める事が好まれないのは当然です。
そして正しい体配を覚える為にも審査は必要ではないでしょうか。

勿論、一般だから中らなくてもいいなんていうことはありません。にっしーさんが会われた国体選手で五段の方のように審査と競技を両立されている方は沢山いらっしゃいます。
ただ学生のように毎日100射も出来ない分は割り引いて考えないといけませんね。

4:るんさん
私は、趣味レベルの弓です。
その趣味レベルのたわごとです。

>五段の国体選手
>嫌悪感は消えました。

審査規定
四段:・・的中確実の域に達した者。
五段:・・精錬の功特に認められる者。
とありますね。
その五段の人に不思議がられ、
嫌悪感は消えたならば、審査を受けてもよいのでは?

(蛇足)
ご欄になった方もいらっしゃるでしょうが、
先年11月号の弓道誌の「弦を考える」の始めに、「まるでミンクね、麻くすね?」と聞くと「麻くすねってなんですか?」彼女は五段受有者。なんて載っていましたね〜。文中、投稿者の方は若干の疑問を呈しておられるように感じましたが、読んだ時に有段者が〜?おまけに五段?本当の話??ってな感じでした。これが事実とすれば、審査員しっかりしてねってところでしょうか(批難轟々?)
(蛇足の蛇足)
もっとも、五段国体の人に不思議がられていらっしゃるのだから、相当のレベルとご推察いたします。どんどん受けたらいかがでしょうか。案外面白い発見があるかも知れませんよ。(面白がるな。はいスミマセン)

なんてったてこの性格でござんす。失礼しました!

5:斜面見習いさん
見知らぬ者への洗礼(学生から一般に入る場合)だと思ってます。 確かにイヤミに聞こえるかもしれませんが、それは単に被害妄想では? その人の真意なんて神でもない限りわかるわけないんですから。 自分が受けたければ受ければいいし、審査が嫌いなら受ける義務などありませんしね。 人の回答によって心が動くのは自分がはっきりしていないだけ。 まさに、受けたくないとかの言い訳にしかすぎません。 一般が階級社会? 少なくとも、僕はそう思ってません。 競技関係者の方々なら弱肉強食でしょうけど。 続く

6:斜面見習いさん
本当に趣味程度で弓を楽しんでいる方々も居るわけですから一般全てを階級社会とするのはどうでしょうか? 弓道に対する取り組み方は万人が同じわけではないと思うので、自分と違うから否定したり、されてると思わないでまずは聞く耳を持てばいいと思います。 そうする事により視野が広がると思いますよ。 学生(大学)弓道出身者からの一つの意見です。

7:にっしーさん
皆様暖かいご意見有難うございました。
審査は、その後2度受ける機会がありました。
あの頃のままの考え方で凝り固まらずに、
本当に良かったと思いました。

8:ちー坊さん
私も大学弓道出身でしたが、一般になり再開するまで約10年ありましたので、あまり「学生上がり」という目で見られたことはありません。ただ、自分の中では「中り」にこだわっており、中れば良い、という気持ちからなかなか抜け出せませんでした。しかし、初射会で、支部の高段の先生方の、一糸乱れぬ「一つ的射礼」を見たとき、「弓にはこのような素晴らしい面があったのだ」と感激し、衝撃を受けました。また、道場開きや、昇段の答礼射などでみる、古装束をまとっての行射、身近なところでは、近所のお祭りで開かれる奉納弓道大会など、弓の奥深さに触れるたび、弓に対する思いが強くなっています。「自分の世界を広げる」という意味で、審査への挑戦はとても意味があると思います。私にとって審査を受ける意義は、合格することよりも、審査に行くまでにどれだけ練習したかにあります。落ちれば、落ち込むけど、「自分はまだまだなんだ」、と納得もできます。
段位があがることで、所属する道場で役がついたり、弓道教室の講師に選ばれたりするようになってしまいましたが、弓を引き続けたいと考える以上、ある程度の責任も負う必要があるのではないか、と考えています。

9:鼻さん
私も学生と一般の審査の違いついて憤りを感じたことがあります。高校生は参段まで、大学生は五段までと決められてることがまず腹立たしいです。それに、一般出身の方で○段に受かるのに、学生で明らかにその人より美しい斜形の人が受からないというのが少なくないじゃないですか。あれがホンッとに許せないです。斜形と的中が整っていれば制限など必要ないと思うんです。不条理です。天狗になるんじゃない?と思うかもしれませんが、そこまでの斜形の人なら精神的にも大人だと思いますし・・・

ちなみに、私が参段を受けた理由は一般で取るよりも学生で取った方が難しいからです。 

10:半平太さん
うーん、早く高段を目指す気持ちも分からなくないですが、学生は段位に関わらず試合で活躍した人の方が偉いのでそれ程拘る必要もないのでは?

高校参段、大学五段というのは一つの目安程度ではないでしょうか?例えば一般でも30代教士とか40代範士は見たことも聞いたこともありません。(あまり昔のことは分かりませんが)

それに段位や称号はただの肩書きに過ぎないし、仮に若くして貰っても周りのやっかみをかったり実力不相応と思われたりするとろくなことないと思いますよ。
地に足付けて行きましょうよ(^^

11:自称早気さん
私は大学弓道の経験はないのですが、高校を卒業すると同時に一般で引くことになり、当時私は弐段だったのですが、稽古中周りの高段者の射形を見て「ホントに○段か?」って思うこともありました。
しかし、審査形式で立ちを組んで入ってる時を見ると普段とは違うように見えました。
体配、間合いがしっかりと取れているのです。


よく審査の時に学生さん(たまに一般の方も)が、なんであの人より私の方が射形も綺麗で中ってたのに私は落ちるの?という声を耳にすることがありますが、審査では体配、息合いが重要視されます。

1つの動作でも呼吸に合わせ、動作の終わりには残心をとり次の動作に移る、そういったことを一般の方の方がされている割合が高いのではないかと思います。

一番判りやすいのが、八節以外の動作、特に残心から後の動作を見比べてみるといいかもしれません。

射法八節はあくまでも弓を引くために必要な五重十文字を形成するための動作であり、審査では引いてるところだけを見てもらうわけではないと言うことを頭に入れて精進されてみてはいかがでしょうか。

と、途中でズレていることに気付きつつもレスさせて戴きました。

12:斜面見習いさん
審査に不満があるなら受けなければいいだけの話。 もしくは直接審査員の先生にその場で意見すべきですね。
此処で文句を言う前に自分の射を考えるべきだと思いますよ。

13:にっしーさん
斜面見習い様
>審査に不満があるなら受けなければいいだけの話
>直接審査員の先生にその場で意見すべきですね
その通りですし、そう思いますが、それを言ってしまうと
後に続かない気がします。

弓道人口がこれだけいれば、疑問を持つ人がいても
不思議なこととは思いません。
審査員の先生にその場で意見をする事は、
何の解決にもならない事は少なからずここに書き込んだ人は、皆が分っているのではないでしょうか。
ここに書き込んでも解決しない事も。

結局は各々が結論出して、それが意義のあると思う人は
審査を受けるし、意義がないという人は受けないでしょう。

しかし、審査を受けている人ならば少なからず、
審査を受けることによって、こんな良いと事があるとか、
こんな経験ができるという事を伝えられたのではないでしょうか。
審査に否定的な人が、「それなら受けてみようかな」と
思う人がいるかもしれない。
「へぇー、そんな考え方もあるのか」と思う人がいるかもしれない。
そう思うのは、私の勝手な思い込みなのでしょうか。
残念でなりません。

14:梅さん
審査の是非にしても、的中と射型の問題にしても常に活発な議論が展開されるからこそ健全なのだと思います。そうした議論を通して弓道は現在の形に収斂されて来たのであり、これからも発展していくのでしょう。だから議論それ自体は結構なことだと思います。ただ私の弓に限っていえば、守・破・離の守の時期にあたると思っているので少々おかしいと思うことでも素直に聞くようにしてます。一応審査は受けないと前に進んだことになりませんからね。弓の歴史に我流で挑むような面倒なことをしない限り…

15:ドロンパさん
弓はきれいに引いて中りさえすればいいのでしょうか。
「どうみても、上手いあの人が落ちて、そうでもないこの人が受かるのはおかしい」という、書き込みも多いですけど、それは本当に、そう言えるものでしょうか?
行射にはその人の普段の練習の姿勢、もっといえばその人の生き様まで映し出されます。審査員は、その人の弓を見ているのではなく、その人を見ているのです。
負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、「審査は落ちてこそ、試合は負けてこそ前進できる」と思っています。というか、いつも師匠にいつもそう言われています。審査に受かってしまえば、自分の射に納得し、満足してしまいます。でも、たまにはご褒美も欲しいですけどね。


半平太様

>例えば一般でも30代教士とか40代範士は見たことも聞いたこともありません。(あまり昔のことは分かりませんが)

現在は30代半ばの教士がたくさん誕生していますよ。20代前半の錬士も多いです。どんなに若くても、その人が立派であれば受かるのだと思います。

16:半平太さん
>ドロンパ様
>現在は30代半ばの教士がたくさん誕生していますよ。20代前半の錬士も多いです。

そうなんですか!良く確かめずに書き込んでしまいました。ご容赦を・・・(汗

20代錬士は私も聞いたことがありますが、称号者、特に教士ともなると人格や教養も重要な要素になってくる様なので、相応の人生経験も必要かな、と思ったりします。戯言だと思って聞き流してください。

17:ナマケモノさん
会社に入ってから弓道を始め、10年余りになります。

自分にとって
審査は自分が向かっている方向が間違っていないか確認する場、
段位はどこまで到達したか確認する道しるべです。
昇段に成功すると、やってきたことに自信が持てて嬉しいです。
昇段に失敗すると、思い違いをしていないか反省します。
その繰り返しです。

四段のときは4回受審しました。
簡単な失に気付くまで2年間、本を読んだり、
他の人と話をしたり、いろいろと考えて試しました。
とても勉強になったと思いますし、知り合いも増えました。
思った以上に多くの方からお祝いの言葉をいただき、
嬉しかったのを覚えています。

お調子者の自分は、
その勢いではりきって京都大会に出場し、皆落でした。
そんなことばかりです。

自分は、自分の力がどの程度にあるかを知って、
その少し上のところで頑張るのが楽しいのです。
だから審査を受けたり、試合に出たりします。

基準にばらつきはあるかもしれませんが、
自分にとって少し高い壁があるのが良いんじゃないですか?

段位に見合わない射をされる方もいらっしゃいますが、
何かの理由で射を崩されているのかな思う程度です。
身近な方でもいらっしゃいますが、良い頃を知っていますし、
一緒に稽古していると弓道が好きだというのが伝わってきて、
その方の段位に疑問をもったことはありませんので。

18:鼻さん
私が高校で参段を取った理由のふたつ目は履歴書に書きたかったからなんです(笑)話題作りに・・・

某県の弓道連盟の方から本当だったらすごく嫌な話を聞いたことがあります。一般の方は学生と違い審査に落ちたらすぐに辞めてしまうので(人にもよりますが)それを防ぐ為によっぽどでない限り受からせるのだと仰ってました。事実かどうかは定かではないですが。

19:雪花さん
審査といえば、筆記試験もありますよね。
お恥ずかしながら、審査の前に、教本をあらためてしっかり読んでみると「おお、なあるほど」と、目から鱗のことがよくあります。筆記試験は大嫌いだけど、教本を読むのは大事かな。審査に関係なく、読んでいればいいんでしょうけど。これも審査を受ける意義の一つかなと思います。

20:憲さん
にっしーさんの「実力をためす場」「自己満足」という考え方に共感したんでかきこみました。
また、基本的には学生弓道をしている私にとって一般弓道はいろんな考えがあると勉強になりました。
私の高校は射形重視だったので練習試合を一度も組ませてもらえませんでしたし、部内の記録回もありませんでした。高校の試合経験は数回しかありません。
そんな私の「実力をためす場」「自己満足」は審査にでることでした。審査に受かるにしろ受からないにしろ、またがんばろうとおもったものです。
ある県の〇段までは「金だしゃ受かる」とききました。悲しいですが、弓連の収入の問題もあるのでなかなか難しいところです。
弓道を真面目にやってる方は回りにまどわされずがんばって欲しいなあと思います。みてるひとはみていますよ。

21:半平太さん
>ある県の〇段までは「金だしゃ受かる」とききました。

それは確かな情報でしょうか?
不確かであればここで引き合いに出すのは適当ではないと思いますが。

22:いんさん
お金をある金額出せば、推薦がもらえるという事かな?たしかに推薦となれば…

23:憲さん
一般に詳しいひとから聞いたので確かです。
由々しき問題ですが、残念ながら弓連も収入がないとやっていけません。ダークな一面もあるのは否めません。
年月がたつといやな部分もたくさんみますが、楽しい弓をひきたいものです。

24:自称早気さん
お金を出せば・・・・、という言い方は不適切っぽいので「日弓連に貢献した」という言い方で・・・

ちなみに推薦を貰えるのは称号、段位1回だけみたいです。

25:にっしーさん
>23:憲さんへ
え〜!!そんな事があるんですか?

お金払ってまでして、そんなに欲しいのかね〜段って??
見栄なのかな??
そんな事考える方も腐ってる・・・。
出来れば嘘であってほしい。

弓道には階級や賞みたいな見える物より、
見えないものにもっと大事なものがある気がする。
それを忘れない様にしたいものです。

26:半平太さん
お金のことは知りませんが、一度推薦を受けるとその先の昇段、称号は受からないと聞きました。(不確かですね、すみません)

27:斜面見習いさん
本当に金目当てなら、審査をわざと落とすとか、他にも儲けれるはずですよ? 逆に自分が貰う立場としたら当たり前の話では? ボランティアでやってるわけではないのですから。 あなたはタダで仕事しますか? 結局はそういう事ですよ。 社会人になれば常識だと思いますが、、、。

28:ポン酢ファンさん
たしかに審査の受審料&登録料は連盟の運営には欠かせない収入源になっていますよね。最近の話では(と言ってももう2年ほど前になるのかな?)、中央道場の建設のための資金・神宮への献金のために審査の合格者が増えた、なんてことがまことしやかにささやかれていましたが…

ただ私の所属するA県ではお金を出せば審査に通していただけるなどと言う話は聞いたことありません。社会人として町矢場で弓を6年ほど引いておりますが…

なんだかみなさまタイトルと話題がここに来てズレていません?(お前もズレてるだろ、って言われそうですが)

確かに称号&段位はその人のレベルを知りうるための目安の一つではありますよね。技量と知識と人格の平均値がその段位なんかな?っ最近は考えています

蛇足ですが、道具の扱い方の知識なんかは五段クラスでは相当なばらつきがあると思います。

本題に戻って、審査を受ける意義は、やっぱり向上心ではないでしょうか?点数つけてもらえば客観的に見ることができますし、自分のイメージは常に正しくあるわけではないですしね

あとは「どうやったらすばらしい射を引けるか」、って一緒になって取り組める弓仲間を見つけれるかではないですかね??私には仲間(先輩と言うのが正しいのですが)いるから続いている気もしますが…

なんだか支離滅裂な気もしますが、発言してみたくなってしてしまいましたf(^^;

29:憲さん
どうも話題をそらすような発言をしたみたいで、すみません。
>にっしーさん
まあ、そんなこともあるんじゃないですかね〜。
ちなみに私は四段くらいまでは欲しいなあと思います。あまり低段であると不当に評価されて不利益をこうむるかもしれないので…(^_^;)
「階級社会」な一面もありますし。
五段クラスになると弓連の仕事が増え、また若いと使いっパシリにされるとか。
>ポン酢ファンさん
中央道場の建設の話、ここまでくるとあきれるを通り越します。弓連はやってくれますね…
またそれてしまいそうので、別に「日弓連について」を立てたいと思います。


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