矢数をかけるということ (投稿16件)[1〜16]


1:NOBさん [url]
学生弓道とは違って一般弓道は、毎日練習できるわけでもないし、せいぜい平日の夜は練習時間は短時間です。

その日の練習の時間も限られてきますよね。
学生時代に「1日の休みを取り返すには3日かかる」と言うようなことも言われたこともありました。
それだけに練習はより集中してしなければならないですね。

矢数をかけることによって射を体に覚えさせたり、離れのタイミングをつかんだり、弓の崩れがなく持久力がついたり、学生弓道の毎日の継続しての練習によって無意識に身に付けることってあると思うんです。

私も休日にはなるべく100本以上引いていますけど、それによってすっかりスロースターターになってしまいました(笑)

それはともかく、皆さんは練習の際、「矢数をかける」ということに対してどのようにお考えでしょうか?

2:ゆずさん
こんなのがありますよ。『射よや射よ 射るより勝る師はあらず 習わぬ知らぬことを知るなり』矢数をかけることによって知ることもあるってことですね。
僕は矢数をかけるのは大事なことだと思ってます。でも数多ければいいってもんでもないですよね。

3:たろーさん
矢数は、多くかけたほうがよい、というのは、よく知られているのですが、ただがむしゃらにやるだけでは無意味だと思ってます。
きちんと、一射一射大事に、命を込めて行射し、そして即反省…
これの繰り返しじゃないっすか?

4:あすまさん
営業職の私は平日の練習はほぼ無理。(道場が22時まで開いてるといいんだけどなぁ)
休みの土日には40〜50本くらい。それ以上は年のせいか体がもちません(笑)
平日の夜行けた場合は的前を20射は引くようにしてます。巻藁引かずに(射会によっては巻藁引けない射会もあるので)最初の8射は射会を想定して引き、残りは悪かった所の調整にあてます。土日は時間あるので最初の一手は礼射します。

矢数に関しては、初心者・中級の内は考え無しに数のみかける事も必要ですが、ある程度以上になったら考えながら引きあまりにも数かける必要は無くある程度の矢数で良いと思います。
また下は1日最低20射は引いた方が良いと思います。(初心者別)

5:半平太さん
私の場合、平日は引けても1時間弱、その分土日は疲れて引けなくなるまで引きます。(といってもせいぜい60〜80本くらい)
矢数を掛けるというよりも出来るだけ弓を引く日を増やしたいですね。
例えば1週間で200本引くとしたら、100本を2日で引くよりは20本を5日間で引くほうがいいと思います。

6:弓禅さん
2:でゆずさんがおっしゃるように『射よや射よ…』という歌もありますが、このような歌もあります。
『稽古には 百矢(ももや)射んより 四つ五つ 教えのままに 射るぞまされる』という歌です。「稽古では何となく百本射るよりは、四本でも五本でもいいから正法に従って射たほうがよい」という、2:の歌とは正反対の意味の歌です。
私は矢数をかけることは上達の近道だと思っています。しかしその際にただ数をかけるのではなく、集中することを忘れてはならないと思います。むしろ集中があれば、矢数がかけられなくてもかなりの上達は望めると思います!

7:葵使いさん
矢数をかける、ということは
畢竟「たくさん練習しろ」ということではないでしょうか。

なんだってそうですけど、
漠然とやっているだけで身に付くわけがないのは当然。
しかしいくら集中したからといって、練習しないで上手くなれるほど、単純な世の中ではないのですし。
「矢数かければいいってもんじゃない」
という言葉は誰よりも矢数をかけた人が言う時初めて説得力があるのだと思いますよ。

8:百合若さん
葵使い 様
>「矢数かければいいってもんじゃない」
という言葉は誰よりも矢数をかけた人が言う時初めて説得力があるのだと思いますよ。

同意します。

9:NOBさん [url]
皆さん、レスありがとうございました。

今日も80射引いてきました。
印象としては的中した射よりも抜いた射の印象が強く残りました。
さらに、的中した矢も私のポイントである「伸び合いの延長の自然に出る離れ」が出なくて、意識的に離して小細工で合わせて中る矢も目立ちました。

私の場合「自分にとっての良い射」はほとんど無意識の状態で、毎日の練習で意識して引いた射は対外が悪い射で、その時の記憶ばかりが残ってます。

だんだんと矢数をかけることによって、自分の射が機械的に淡々と出せるようになりました。
これも成果の表れなんでしょうか?

10:るんさん
(私見です)
始めまして、ご参考迄です。
HPのお写真がNOBさんなんでしょうか。
もしそうだとすると、大三をとる射法なんですね。
大三にいく時少し弓を照らし、(ある種のグラスはこうすると引き易いと思います)引取はやや伏し気味程度、矢尺はあまりとらず、向こう弦程度の弓返りのように感じられました。

>淡々と出せるようになりました。
ここ迄出来ていらっしゃるなら、的中というよりも、今度は有意識にて矢勢・弦音を心において稽古されたらと思います。(もったいない)その内、射も少しづつ変わるかも知れないし、尺ニなら、そう外れるという事もなくなるかも知れませんね。(目が節穴の老婆心でした)

11:NOBさん [url]
るんさん

ご指摘ありがとうございました。
あの写真は5年くらい前のものでして、弓道から遠ざかっていた頃のOB戦の写真です。

ごくごく最近まで、弓返りをさせない弓手主体の射でした。
最近は弓返りはするようになりました。
あと、大三の取り方なんですけど、昨年は弓を垂直に保つように心がけていましたが、どうしても、体が弓を迎えに行ってしまって、胴造りのバランスが崩れて離れがぶれてしまっていました。

今年から、弓を照り気味にして、打ち起こしで背筋を張ることによって重心を腰に集めて引くようにしたら弓を体にひきつけてこられるようになり、胴造りがまったく固定された状態を実感できるようになりました。

的中を増やすための射法なので、邪道といわれてしまえばそれまでですけど、今の的中自体にもまだまだ納得していないので、さらに磨きをかけていきたいと考えています。

12:弓禅さん
葵使いさん、百合若さん、私の発言には「説得力が無い」とのことですが、あなた方は私の稽古を観ておられるのでしょうか?確かに"掲示板"という面と向かって話せない環境ですので、説得力が欠けてしまうのは仕方の無いことではありますが、あなた方はそのようにおっしゃられるのですか。
物事、いかなることでも一つのことに心が居ついてしまっては失敗します。弓でも、的に心が居ついてしまいましては外れるのではありませんか?一つのことに固執せず、広い目で周りを見渡すことが肝要であります。
その点について、ぜひ一度熟考していただきたい。

13:自称早気さん
私は葵使いさん、百合若さんの発言は「矢数かければいいってもんじゃない」という言葉に関しての意見であって、弓禅さんの意見を否定したわけではないように受け取ったのですが。
第一、弓禅さんの発言の中にはそこまでズバッと言い切った部分は見受けられませんし。

その言葉を「数引く練習は意味がない」と受け取ってしまう人もいないとも限りません。
更にそう受け取った人が数稽古中心の人なら質も量も低下してしまいます。
その言葉の真意を知っている方の発言の方が説得力があるのは当然だと思います。

ただ、私自身は数引くこと自体条件付きでのみ賛成です。
条件というのは1人で練習しないことです。
1人の場合、特に初心者のうちは自分に変な癖がついてきてもそれに気付かずそのまま練習してしまうことが多いためいつの間にか悪癖が・・・・、という状態になりかねません。
姿見で型を確認しながらの練習でも顔の向きが変わると型も変わります。
先生ではなくても誰か他の人に見てもらえるような状態の方がいいと思います。

1人稽古のときはあまり矢数をかけないで1本ずつ試合や審査の時を想定しながら練習します。
試合や審査では他の人からの助言は受けられませんから。

と、私個人の意見ですので参考程度に聞き流してもらっても結構です。こんな考え方の人もいるんだなと。

あと1つ補足です。
「稽古には〜」の教歌の中の「四つ五つ」は4本、5本ではなく四手、五手です。
まあ、どちらも少ない矢数という意味ですけど。

14:1さん
削除されました。

15:若葉さん
先日私の先生にお話を聞いた時のお言葉をかりますと、
「矢数をかける事も大事ですが、ただ数をこなせばいいのではなく、先生や師に見てもらって矢数をこなさないと上手くはならない」
という事だそうです。
これは私もそうだと思います。
沢山の矢数をかけている人=上手い人
とは言いがたいのではないかと思います。
せっかく師や先生がいらっしゃるのであれば、教えて頂いて、一本一本を丁寧に引いて数をこなしていく方が私は上達に繋がるのだと思いました。

16:百合若さん
RE: 一言。 / 弓禅様
私の言葉足らずが弓禅さんに不快な思いをお掛けいたしました。ごめんなさい。
改めて、補足します。
弓禅さん
>私は矢数をかけることは上達の近道だと思っています。そうですよね。
>しかしその際にただ数をかけるのではなく、集中することを忘れてはならないと思います。
>むしろ集中があれば、矢数がかけられなくてもかなりの上達は望めると思います!
つまり、1射1射を大切に引くことを忘れちゃ意味ないという言うことですよね。

葵使いさん
>漠然とやっているだけで身に付くわけがないのは当然。しかしいくら集中したからといって、練習しないで上手くなれるほど、単純な世の中ではないのですし。「矢数かければいいってもんじゃない」という言葉は誰よりも矢数をかけた人が言う時初めて説得力があるのだと思いますよ。
同意します。
かく言う私も稽古のための稽古としてむやみに矢数をかけて逆に悪癖をつけてしまったこともあるし、いい射、納得できる射が出たとき、その射を安定させようと矢数をかけ、イメージを追っかけようとして、訳が判らなくなったこともあるのです。
「矢数をかければいいってもんじゃない」と矢数をかけて失敗したことのある 自分が言うのだからまさにそう思いますよ。
よく、行間を読むとか、行間を読ませるとか言うことがありますが、行間は読む人によって如何様にも変わると思います。単純にこと細かく誤解されないように文章を書くことも大事でしょうけど、如何様にも取れる文章の方を私は書きたいですね。
大変失礼いたしました。

























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