☆弓道の世界普及☆ (投稿43件)[1〜43]


1:弓禅さん
弓道の世界普及についてですが、最近は弓道の全世界連盟設立の動きも現実味を帯び、またそれに伴って世界大会も行おうとする動きがみられるようです(今月か先月の弓道誌に関連記事があります。)そのようにして弓道が世界に広まることは喜ばしいことですし、弓道に興味を持っている外国人の方にとっても嬉しいことでしょう。しかし、弓道には宗教的な一面もあります。また、弓道の本質からかけ離れて、ただの的中てゲームにならないかという懸念もあります。(これは国内の弓道、特に学生弓道についても言えることですが…)
みなさんはどのようにお考えでしょうか?

2:半平太さん
国際弓道連盟のことですね。
現在全弓連で一生懸命理念や実務的な面を詰めている所なので見守りたいところですが、
宗教的な面については、一つ思うところがあります。

そもそも宗教の普遍的な側面とは何でしょうか?
私は、自己を含めた人間の力の及ばない、絶対的な善や力に対しての畏怖の念だと思っています。

一神教には自己と自然との合一という発想はあまり見られませんが、
キリスト教信者もヨガや禅に対して抵抗が少なくなってきている現代、
弓道における礼の思想は西洋社会にも受け入れられるのではないかと思います。

神棚や国旗を何かもっと普遍的なものに置き換えられればいいと思うのは甘いでしょうかねー

3:弓道さん
的中ゲームと言われても仕方ないでしょうね(中たれば何をやってもいいと言ってるわけではありません) 中てた者勝ちって言われてもその通りですし。
宗教云々って日本人が言えるのかなと思います。 クリスマスとか葬式とか、ごちゃまぜにしてますよね? いくら自由って言っても、、、。 余談はこれくらいにして、世界に広まるのは良い事だと思います。 認知度も上がるわけですから。 根がしっかりしていれば心配は無いでしょう。

4:半平太さん
宗教観についてですけど、
キリスト教を代表とする一神教においては、神の意思や導きが絶対とされるのに対して、
弓道においては絶対善に対して敬意を払いつつも解決法は自分で見出していくという、
禅的、もしくは小乗仏教的な思想が多分に含まれていますね。
この辺り、大学で宗教学を専攻された方やキリスト教、
その他一神教を帰依する方の意見も聞いてみたいです。

5:元学生さん
愚問かもしれませんが、文化や風土の違う外国の方から
弓道の本質とは何かと尋ねられて納得のいく回答ができる
でしょうか。

弓禅さんが書かれているなかで、学生弓道に触れられて
いますが、同じ日本人同士手さえ弓道の本質について
相互が理解していると思えないです。

相互理解に務めなくてはなりませんが、本質を追求する
余りに価値観の押し付けはなくしたいですね。

もしよければ、弓禅さんが思われる本質を教えてください。
私には説明する自信がないのでよろしくお願いします。

6:弓禅さん
弓道の本質は(無念無想、無我に代表される)禅的な部分にあるのでは?そしてその達成度を示すのが的中だと思うんです。ですから、禅の達成による的中であれば的中てゲームとは呼べないと思います。
しかし宗教上、禅の境地を学べないとなるとやはり的中てゲームに近いものになってしまうのかと…キリスト教では禅に対する抵抗が減っているとは言え、世界には他にも沢山の一神教が存在し、抵抗が大きい人も沢山います。そのような人たちを無視して一部の人たちだけは気軽に取り組めるというのでは世界普及とは言えませんよね?その点の考慮は不可欠だと思いますが…

7:弓禅さん
この禅の境地というのは弓道の本質であると同時に、アーチェリーにはない弓道の特徴だと思うんです。現に弓道はそのほとんどにおいて禅のうえに成り立っているように思えますし…
つまり何が言いたいかというと、本質抜きに普及してはせっかく日本独特の特徴を持った弓道もアーチェリーと大差ないものになってしまうのではないか、という懸念です。決して押しつけようと言うわけではありませんよ?折角だから弓道の特徴をアピールするべきでは?ということです。

8:弓道さん
我々日本人の中でそこまで考えてやってる方は全体の数%でしょう。 全ての連盟の偉い方々ですらそこまで考えてないと思いますよ。 あくまで個人の意見どまりだと思います。 それに学生はそこまで考えないでしょうし(そこまで知識もないし、調べる意味もないのが現実)。 ここでそういった意見を出すのが押し付けに思えるのだと思います。 もっと軽い気持ち(試合に勝ちたいとか)で弓道始めたいとか頑張ってる人たちもいるわけで、ある種そういった人達を否定しているようにも聞こえます。 万人が同じ思想で弓道をやる意味もないと思います。

9:師走さん
禅って何ですか?
弓道とどういった関係があるんですか? あいにく本関係は一切持ってないのでわかりやすく教えてください。 僕的にはそういった宗教とかの考えが、国際化の妨げになってるのだと思います。 僕はそういった事は此処のサイトに来るまでは頭の片隅にすら無かったのが事実です。 現実に、僕みたいなのがたくさん弓道やってると思うんですよ? かっこいいとか、精神鍛えたいとか、理由は様々。 それだけじゃだめなのでしょうか? 日本人だから禅とか考えなければいけないのですか?

10:道産子さん
弓禅さんは、本当にヘリゲル氏が好きなのですね、悪い意味ではありませんよ、僕も好きですから(^_^;
4、5級から十段の方まで様々な修練段階の人達がいて、皆が立禅を意識してるわけじゃないのは当然の事だと思います。阿波範士やヘリゲル氏の頃とは時代も違いますし、弓道修練の目的も実に様々になっていると思います。
射法から始まり、射術を修め、そして射道(弓禅さんのおっしゃる本質)へと段階を踏むものだと思っています。
始めたばかりの初心者(射法の段階)や、的中競技に情熱を傾けてる人(射技射術を極めんとしてる段階)に明確に禅の類い(道の修

11:道産子さん
つづき
道の修行の感覚を伝えるのは非常に難しい事だと思います。
射法射技がある程度出来ていないと、会で無心になれたとて的中などおぼつかないと思います。
または、無心で取り組む事が禅の修行の一端であるならば、的中を求めひたしら無心で矢数をかけ続けるのも、無心になるまでひたすらジョギングをし続けるのも、ある意味立禅への道程の一つかもしれません。
ちなみにヘリゲル氏が体験したであろう感覚が立禅であるならば、それを求めるにあたり宗教自体は一番の問題にはならないかもしれない、と考えています。

12:師走さん
頭が割れそうです。
道産コさん最初から説明してくれないと意味わかりません。

13:道産子さん
師走さん、ごめんなさいね(^_^; ざっとスレ読んで勝手に個人の意見を書き込んだだけなので、あまり気にしないで下さい。
一から説明始めると、このサイトを乗っ取るくらいの文章量になってしまいます(汗
ただ、師走さんは師走さんにとっての弓道を自信持って日々取り組んでいけば、弓禅さんの理想の弓とは違っても、それはそれで素晴らしい事で、師走さんの生活の充実に繋がる事だと思いますよ(^_^)vと言いたいわけです。
禅とは、言葉にするには実に掴みずらい曖昧なもので、本人は意識してなくても実は日々近づいてるかも、とか思ったりもしてます。

14:元学生さん
禅の修業の一つに弓道が取り入れられたということでしょうか。
それだと弓道には禅がありきという印象を受けます。
それなら弓道の世界普及の前に禅の世界普及が必要だと
いうことになりませんか?禅が目指すものが弓道の目指す
ものと一致した面があり両者にとって有益であることは
わかりますが、弓道の捉え方を禅だけでなくほかの価値観
からも捉えていけるような誰もが受け入れやすい本質が
求められている気がします。

的中てゲームであっても学生達をひきつける魅力が弓道に
はあるはずです。上手く説明できないのですが、私の思う
のは、学生弓道であろうと、射道であろうとも両者に
通じる人をひきつけている弓道の魅力が本質だと思います。

その魅力は何かが上手く説明できれば、弓道をまったく
やってない人でも理解を示して普及していくのでないかと
思います。

15:道産子さん
元学生さんのレスの前半部分を究極の目標としてる方も、後半部分に情熱を燃やす方も両方アリなわけで、互いに否定し合ったって、着陸点を捜すのは難しいですよね。
悟りというものへ続くための禅、もしくは禅的な感覚に近づくのが目的なら、別に弓じゃなくても、華道でも茶道でも書道でも良いわけで、極端な話しマラソンだって良いと思いますよ。
でも、元学生さんも弓禅さんも僕も、花や茶じゃなく、弓を引く事に魅力感じてるのだから、それぞれが想う本質を追求すれば良いと思いますよ。外国人にしても同じ事だと思います。皆が皆ヘリゲル氏ではないですしね。

16:エセアーチャーさん
私は禅とか難しいことはわからないし、別にそれを考えなくてはならないとは思ってないのでそれについてはわかりませんけど。
私的にはたとえアーチェリーの一部としての弓道の世界進出であってもおもしろいと思います。でもそうなると他の国の人から見たら単なるクラシックボウにしか見えない可能性が・・・(汗
そこで他の国のクラシックボウと違いを見せ付けるにはやはり、弓道にしかない魅力を語るか・・・
近代アーチェリーに対抗できる天才射手の誕生(!?)
・・・なんかまとまりのない文になってしまいました(汗
たとえ的中てゲームであっても十分に人をひきつける魅力があるのではないかと思うってことです。

17:半平太さん
的あて自体の性能で言えばアーチェリーの方が優っているのは恐らく殆どの方が認めることでしょう。
そこで敢えて和弓を使って弓道を志すことの意味を考えてください。
そこにはアーチェリーとは違う魅力があるからですよね。

禅だ宗教だといった難しい問題は抜きにしても、もし普段余り意識していなかったとしたら、
何故自分は弓道が好きなのか、まず弓道を始めている私たちがその魅力に気付かないといけませんね。

何でもそうですけど、国際化とは自らを良く知ることから始まるのかも知れません。

18:義智さん
夏目漱石は若い頃、西洋文学を学びにイギリスへ渡ったのですが、あまりの文化の違いに理解しきれずノイローゼ寸前となり帰国したそうです。
なぜそこまで思いつめたのか。今と違い、昔は海外に関する予備知識がなかった事など色々ありますが、国境はパスポートやビザで越えられ、地球の真裏に一日で行けても、文化や思想の壁はなかなか越えられないという事でしょう。

19:義智さん
さて、オリンピックですが、海外の『第一線の』弓道は確実に日本の弓道とは異質なものになり、的中に関して究極とも言える独特の射が生まれると思います。普及が進めば日本はおそらく負けるでしょう。
その理由は、海外では国をあげて選手を支援し、金メダルを取る事で一生を約束されるからです。
「試合に勝って勝負に負ける」と言う言葉があるのは日本くらいで、宮本武蔵は約400年前に「口だけで勝負する武道家のなんと多い事か」と言っています。無敗を誇った武蔵は武道とはかけ離れた合理主義者であったと考えられています(その異端さ故に周りから干され、なかなか仕官できなかったのでしょう。世渡りの下手さは見習えないですね)。
では、結果を重視しない武道は海外に受け入れられないかといえばそうでは無いと思います。海外の人達はsamuraiやninjaに対して憧れを抱いています。何故、そしてどこに海外の人達は何を感じているのでしょうか(それが禅なのかな)?やっぱLast Samurai待ち遠しいです。

20:道産子さん
義智さんの考察の目の付け所はいつも大変勉強になりますね(^_^)v
『口だけ勝負の武道家』は現在でも多々・・・僕も含まれるかもしれませんけどね(笑
外国人から見て、ある種の神秘性を感じる場合が多いのだと思います。不合理に見える長い弓、変な所を握ってるのにちゃんと飛ぶ、静かな動きの中に突然の冴えた弦音。
欧米で多々読まれているヘリゲル本の影響で興味を持つ方もいるでしょう。
動機は何でも良いと思います、始めてくれれば弓から離れられなくなるのだし・・・。
高段の先生が目の前で引いて見せるだけでも魅せられる人は多いと思いますし・・・。

21:斜面射手さん
的中制と採点制の部門があればいいと思います。
射詰め数十本目とかいう試合も白熱しますし、
射を芸術として評価する部門があってもいいかと。

22:新さん
弓道の要諦は至誠と礼節であり、人に勝つことよりも誠を尽くすことが大切であり、正しい姿勢、正しい信念を持つことが肝要になります。基本体と体配を重視して、射即人生を心に銘じ、弓道を通じて躾や慎み、和敬、礼節、克己、反省等の徳目を体得して、射品射格の向上を目指さなければなりません。ただ的中のみを楽しみ、誇るが如き戯射は決して取るべきではなく、一射を軽々しく行わずに、一射献身の行射を心がけなければいけない。弓の冴え、弦音、的中の答えを求めるのが弓の道です。

23:詩麿呂さん
新さんの考えでしょう? それは人それぞれ違うのだから書き方に注意してください。 綺麗事にしか聞こえないので。 おそらく、試合形式が変わらなかったら的中合戦になるのは必須ですから。 後、結果を重んじない武道って前の方に書かれてありますが武道全般を指さないでもらいたい。

24:斜面見習いさん
あくまで大学の時の大会での話ですが、最高的中者賞、最優秀射士(技)賞、最優秀射士校(団体)という賞がありましたよ!(一般であるかもしれませんが)
本当に強い人って総ナメできると思います。 こういったのを世界大会でもやればいろんな意味で楽しめるのではないでしょうか?

25:義智さん
そうですね。武道について深く知らずに、印象だけで軽率な言葉で発言をした事を謝ります。すみません。

26:弓禅さん
弓道には弓を射る前に独自の様々な行程がありますよね。入場するときは揖をして、まずは本座で止まり、射位でも止まってと、一射のために無駄とも思えるほどの段階を踏みます。また体配についても、射技に直接の影響が無いにもかかわらず非常に気を遣います。しかしこれらは精神集中のための段階であり、大まかに言えばその精神の集中が禅だと思うんです。おそらくアーチェリーでは一射にこれほどまでの段階は踏みませんよね?だからそういった弓道独自の段階を厳かにして的中だけの射に走って欲しくないと思ったので禅と言い、的中てゲームという表現を使ったわけです。

27:斜面射手さん
まるで連盟流がすべてであるかのような意見が多いですね。

あと、アーチェリーを引き合いに出すのはやめましょう。
失礼以外の何者でもないです。

28:弓禅さん
まとまりが悪かったので補足を…
つまり私が言いたいことは、多くの上層の先生方がおっしゃる通り「的中のみにこだわり、技巧に走った射」ではなく、「体配を甘んじず、全面にわたって美しい射」をしましょう!ということです。
一見、体配等の前段階は射に影響を及ぼさないように思えますが、意外に影響があるんですよ!その証拠に的中がある(上手い)人のほとんどは体配もすばらしいですよね!

29:義智さん
>斜面射手さん
連盟流しか知らない人には連盟流が全てになってしまうと思います。そういう人は沢山いるでしょう。様々な流派について知っている人だけの発言になると、私は発言できません。

私はエセアーチャーさんの話は好きです。アーチェリーと弓道の両方を知っている人の話なんてなかなか聞けるものではないですから。

30:詩麿呂さん
アーチェリーを知らない人がほとんどなわけでもありますよね? 似て非なる物だと思うんですよね。 わざわざ横文字使う必要もないし。 様々な人が見ているのだから分かりやすくしてほしいってのが本音ですね。

31:エセアーチャーさん
ちょっと私の書き込みがわかりづらかったようですね(汗
定期的に言われるので気をつけてはいたつもりなんですけど(汗
え〜と、クラシックボウってのがわかりづらかったですね、世界各地の昔からあるその国(地域)の伝統的な弓のことです。
>斜面射手さん
アーチェリーの悪いところばかりを上げて弓道の良さを語れば失礼だと思いますが、単純に双方を比べるのは別にいいことだと思うのですが?

32:斜面射手さん
エセアーチャーさんは両方の経験者ですし、
他の方においても比較する分にはかまわないと思います。
私が気になったのは、26で弓禅さんがおっしゃった「おそらくアーチェリーでは
一射にこれほどまでの段階は踏みませんよね?」
という発言です。
体配はないでしょうが、メンタルが大きな要素に
なることは知人からもよく聞きます。
精神面で弓道>アーチェリーという意味にも捉えられるので
それは失礼では?と感じたまでです。

33:エセアーチャーさん
>斜面射手さん
わかりました。アーチェリーを一方的に軽視するような発言は控えていただきたいですからね・・・

34:義智さん
>エセアーチャーさん
アーチェリーと弓道を同時に捉えた独特の視点は好きですが・・
33;は少しマズイかと。アーチェリーに誇りを持っているのは解ります。エセアーチャーさんが、アーチェリーを軽視されたと感じたように、斜面射手さんも弓道を軽視されたと感じたのだと思います。
軽視されない為には相手に「軽視しないで」というよりも、アーチェリーの素晴らしさを示した方が良いと思います。言葉よりも態度で示していきませんか?

35:エセアーチャーさん
>義智さん
ちょっと言い方に問題がありましたね・・・
斜面射手さんのレスに同意する意味を込めて書いたのですがちょっとミスりましたね(汗
・・・そうですね!
お互いにいいところを見習いあえればいいでしょうね!

36:弓禅さん
誤解を招くような発言をしてしまいました。申し訳ありません。私は「弓道にもアーチェリーにもそれぞれいい部分があるので、それを生かしていくべき」ということを述べたかったのですが、弓道だけの主張をしてしまいましたね…
つまり、弓道もアーチェリーもそれぞれ独自の発展を遂げ、良いところを養ってきたのだから、どちらか一方が他方に影響されて形態を変える必要はないと思うんです。どちらも重要な文化ですからね☆そういう意味で弓道の集中法も文化なので決して軽視せず、尊重していこう!ということです。決してアーチェリーには集中がないというわけではありませんよ?

37:弓引き@田舎さん
現在でもある程度世界的に普及していると思います。

ヨーロッパ(ドイツ、イタリア、フィンランドあたり)では稲垣源四郎先生一門が日置流印西派を普及させていますし、アメリカでは日弓連が力を入れている様です。

弓道を世界に広げることによって、的中てごっこになることを危惧している人がいるようですが、大きな誤解であると思います。
アメリカの現状はいまいち知りませんが、ヨーロッパなどの射手は非常に熱心で、弓の技術の他に、竹弓やグラス弓・その他の道具を研究・製造してみたり、和弓の歴史について資料を取り寄せてみたり、日本人も多く見習う所があります。

また、実理のヨーロッパの人には禅や無念無想何て言葉は通じないかもしれません。納得の出来る技術を学んで、それをとことん突き詰めていく。その姿勢がいわゆる無念無想かも知れませんが・・・。抽象的な指導は全く通じないと思うんですけどね。

38:矢倉さん
アーチェリーを引き合いに出してくる事が間違いでしょうね。
弓道を武道と捉えてるならなおさらですね。 国際化が広まれば、上の方の考え方も変わってくるでしょうね!

39:笹岡さん [url]
>矢倉様
未熟者の横レスではありますが、弓道の国際化を考える際、同じく的を狙う競技で世界的に広まっているアーチェリーを引き合いに出すのは必然ともいえるのではないでしょうか。

40:矢倉さん
アーチェリーは武道ですか?
100%違いますよね?(物事には絶対は無いですが) 弓道をスポーツと捉えたり、的を中てるだけの競技として、やられる方ももちろん居ますし、それは個々の自由なので否定はできません。 しかし、武道と捉える場合はアーチェリーと比較するのはおかしいと書いただけですよ。
文をきちっと読んでください。

41:デビさん
まぁまぁ。
38の
>アーチェリーを引き合いに出してくる事が間違いでしょうね
を読んでも「武道と捉える場合は」という意図はとり難く、「全ての場合において比較する事が間違い」ととれてしまうのでしょう。

文章のとり方次第です。あまり、感情的な書き込みはさせていただければ良いと思います。

ちなみに、私は他スポーツとの比較検討は大いにして問題無いと思っています。弓道には弓道の良い点、アーチェリーにはアーチェリーの良い点が有り、見習うべきコトも多いからです。

逆に「なんでも比較しない」という閉鎖的な考えには賛成出来ません。そうする事により弓道はより閉鎖的な物になっていくからです。

ただ、単純な感情論になることは避けたいところ。アーチェリーをする人が読んでも納得できる内容がふさわしいでしょう。そのため比較する際は「事実を述べる」「それに対する考え、意見」と分けて記載すると誤解を生みにくいです。

比較の方は「アーチェリーと弓道」のスレッドへどうぞ。

42:笹岡さん [url]
未熟者ながら疑問に思うので。。。
矢倉様は武道をスポーツではないと考えていらっしゃるのですか?
私は体を動かすことを主(弓道は止まってることが大事らしいですが)とする武道をスポーツだと思うのですが。。。どうなんでしょう。

43:矢倉さん
個々の自由だと思いますよ。 私は、武道として捉えているだけなので別にスポーツだからダメなどと否定はしません。


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