実力 (投稿6件)[1〜6]


1:二千翔 ◆r0cHZfyMさん
毎日、弓に触れ続けることが、毎日、矢数を掛け続けることが、毎日、弓の事を考え続けることが、実力を証明できる手段に成り得るのでしょうか...?体力的コンディションや精神的余裕を保つ上で休養も立派な練習ではないでしょうか?皆さんの意見を頂けませんか?

2:ゆうなぎさん
まず実力と言うのは何なのか?ですが、いくら練習で高的中を出しても、試合でそれが出せなくては意味がありませんし、試合でそれが出せても果たしてそれが実力と成りうるのでしょうか?(運やその他の要素に左右されるかもしれないという意味でですが)そこで私的な見解ですが、弓道には実力は存在しないのではないかと考えます。実力に繋がるかは分かりませんが、ただ、『試合で勝ちたい』『完璧な射型を身に付けたい』などの目標に近づく為に毎日練習し、弓に触れ、考える。という姿勢は大切だと思います。日々の積み重ねが実力なのかも知れませんね。

3:ウィルさん
私いつでも自分の射が出来ればそれが、実力だとおもいますよ。

4:笹岡 ◆mRq5DITcさん [url]
実力の証明なら射技・体配でできます。
>弓に触れ続けることが、毎日、矢数を掛け続けることが、毎日、弓の事を考え続けることが、
 これは実力の証明ではなくて、努力の証明でしょ。

5:元学生さん
>実力を証明できる手段に成り得るのでしょうか
この文言からすると、他人にいかにして認められるかという事と理解してよろしいでしょうか。
それならば、他人がもっている価値観によると考えます。大会の結果を重視する人もいれば、普段の稽古の姿を見ている人、段位など資格で判断する人など、様々です。
休養も立派な練習かどうかという点は、私なら結果に結びつくならコンディション作りも実力と考えます。ただし、失敗して結果が出せなければ実力無しともいえます。ここでいう結果は先に書いた人それぞれの価値観の事で、大会の結果や商談試験の結果、はたまた普段の練習の的中や体配などです。

二千翔さんの文章からは、周囲の人が道場だけの練習しか実力と認めてくれないように受け取れます。戦略的に休養は必要ですが、周囲になかなか認めてもらえない、もしくは認めない雰囲気があるのでしょうか。

ゆうなぎさんの「日々の練習が実力」は仰るとおりですが、内容も大切だと思います。日々の練習を通して自分の体調を管理しそのときに創り得る最高のコンディションで常に的に望むことも実力の一つですし、そのための休養は積極的に捉えてもいいと思います。

6:ダービッツさん
私も二千翔さんと同じような環境にいます。最近私の友人も休んだとき、主将に呼び出されていました。私も二千翔さんと同じように日頃の練習態度からは実力ははかれないと思います。現に私の大学は去年練習態度がよくて、的中がいまいちの人を出して秋季のリーグで負けたと先輩が言っていました。だから大学弓道においての実力とはやはり高的中を持続して出せるか否かだと思います。


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