自分なりの弓道 (投稿53件)[1〜53]


1:三ツガケさん
久々に投稿させていただきます。

私は身長160cm手の長さも標準です。
私は三つガケで矢尺は85cm、引尺82cmです。
その際、身長175cm引尺90cmある人と比べるとどうなるのだろうかと考えると、
押手・勝手の方向性が取り易くなる、押手側の蓄えを使っての射が可能になる、
矢の線を長く取れる、的を見下ろす感覚が得やすい、等が思いつきます。
つまりこれらの逆になるわけですから上と比較すると私の射にはかなりの制限がかかります。
その解消法として今『自分の弓道』を確立させるべくやっているわけですが、これは世間的には認められないのかな〜なども思っています。
まずカケ口(弦溝)の山も中心ではない位置に山を作っています。
足踏みは右足を少し引いて左足は開く。
三つガケですので肘をつって矢の線を預けて押手から出しますが、勝手はやや上目の軌跡を描く。
弓のバランス、体の線の真直ぐ、三重ね、矢の線を意識し、三重・五重十文字は結果として合うものとしてやっています。

簡単ですが私の射です。
いわゆる日弓連と比べると明らかに亜流(邪道?)なわけですが、自信を持って自分の弓道だと言えます。
みなさんはどう感じますか?御意見をお聞かせ下さい。また、みなさんの弓道もお聞きできれば幸いです。

2:斜面見習いさん
自分の体に合った引き方(射)。

3:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>1
>まずカケ口(弦溝)の山も中心ではない位置に山を作っています。

まず、この概念が普通の弓道している人にはわからないと思います。

>足踏みは右足を少し引いて左足は開く。

この意味も普通にやっている人はわかりません。通常は足踏みはどんな時も矢束なのです。

>三つガケですので肘をつって矢の線を預けて押手から出しますが、勝手はやや上目の軌跡を描く。

肘をつるという引き方が3つがけの引き方という事も普通は知られていません。

>弓のバランス、体の線の真直ぐ、三重ね、矢の線を意識し、三重・五重十文字は結果として合うものとしてやっています。

これは日弓連の通常の教えにも当てはまると思います。

私は貴方の体型が想像できますし、解消策としてそのような引き方をされているのもよく理解できます。そういう貴方なりの引き方を教えてくれる指導者がいるのでしょうか。そうであればその指導者はとてもレベルが高く感じます。もし自分だけでなされているのだったらさらにすごいです。何もない状態で通常は考えつかないです。天才肌?

私も通常ではない弓道をしている人間です。一般的に日弓連のやり方では一部の天才しか中らない教えですから。

4:三ツガケさん
>斜面見習いさん
>自分の体に合った引き方(射)。
まさにその通りです。百人の射士がいたら百種類の正射があると思っています。

>真尻さん
やはり知られていない部分は多いのでしょうか?
学生弓道に入って今年でまだ3年目ですが審査も受けず、世間を見ずにいるとわからなくなります。
「弘法(だったかな?)筆を選ばす」という言葉は「どんな筆でも美しい字が書けるということではなく、もとから選び抜いた筆の中から筆を取っていた。
だから選んでいないように見えるが実際は道具に細心の注意を払っていた。」
ということを昔どこかで聞いた記憶があります。
弓道に限らず同じ事と思うのですが、弓道はあまりに精神論に行き過ぎていていて根本的なところを見落としがちな気がするのです。
中る弓、中らない弓、中るカケ、中らないカケ、中る矢・・・・
というものは確かに存在し、そこに基準を置いて初めて自分の射の良し悪しがわかると思うのですがどうなのでしょうか。
他の方々はそんなことをすでに超越してしまっているから精神論に行くのでしょうか。私にはまだよくわかりません。

私の引き方で勝手が上目に出ることだけが本能的な部分で、他の部分は部活の指導者から教えていただいたことです。
私の部活では、部員は皆そういった自分なりの弓道を教えてもらっています。
神様(?)の骨格の持ち主でなければ日弓連の射はできないと考えます。
やっぱり百人の射士がいたら百種類の正射がある、ということに尽きます。
でなければ弓道の本質的な魅力がなくなってしまいそうです。

5:某大学生 ◆eXmnNIKIさん
>他の方々はそんなことをすでに超越してしまっているから精神論に行くのでしょうか。

そんな訳ないじゃないですか。今の弓道界のレベルが低いだけですよ。
ちなみに、私は中る弓、中らない弓、中るカケ、中らないカケ、中る矢がわかります。一般の人達と話しが合いません。三ツガケさんも一般の道場に遊びに行くとわかります。

6:1さん
削除されました。

7:斜面見習いさん
誰もそこまで考えて弓道していないだけです(あえて考える必要もない)。
スレ主さんも書かれてるとおりいろんな考え方、射があるわけだからどれが良くてどれが悪いなんてものは存在していないと思います。
ただ、自分の弓道に自信と誇りがあるならわざわざ日弓連式の事を書く必要はないのでは?
遠回しに悪口を言っているだけに過ぎないでしょう。
と、言ってもどこまでが日弓連式でどこからが我流なのか僕はわかりません(教本の引き方ですか?)全てがあの通り(八節君)に引ける人がいるなら見てみたいです。 スレ主さんたちからすればたまたま中たる道具が最初(カケ)に手に入ったと言われればそれまででしょうが僕の考えは巡り会わせ。 もし今の道具が使えなくなれば中たる道具よりも自分が使いたい道具を自分好みに中たるよう仕上げるまでです。
それが僕の弓道ですね。
また別スレで僕に対して書かれてましたが、全く面識のない見知らぬ人から、ヒントを上げましょうなんて言われたくないですね。
人にマナーの注意をするならばそういった事は控えて頂きたいものですが。
見下されてるみたいで不快でしたね。

8:弓道人さん
横から失礼します。
あなたの意見も言い切りで書かれている事が多く不快な印象をうけています。書かれる内容が基本的だからこそ色々な人が参考にします。だからまずは貴方の書き方から変えてみてはいかがですか?

駄文失礼しました

9:kappaさん
私は三ツガケとは別人であることを最初に断っておきます。PCを共同で使用しているもので、IDは同じです。
私も三ツガケと同じ道場で同じ指導者の下稽古をしています。
今の弓道界がどういったものか私にはよくわかりませんので、その点で視野が狭いと言われるに異存はありません。ですが、今いる環境が私にとっては最高の弓引きの場であると自負しております。
中る弓、中るかけ、中る矢、この全てを揃えていただき、「後は自分次第だ」と言われて試合に送り出される、これほど心強いことはありません。

>斜面見習いさん
道具は巡り合わせという考え、同感です。
最近製造されるかけはどれも親指が長く、中指を親指の上にかけてしか引けないものばかりに変わってしまっているので、新入生のかけを見つけてやるのに苦労しています。
また、直心Tも需要減少の為に生産中止といったように、人気だけにとらわれていいものがどんどん少なくなっていく中、自分にあった道具を見つけるのは本当に難しくなっていますね。
幸い私は自分に合ったかけに巡り合えました。大切に使っていくつもりです。弓はよく壊してしまうので、その都度直していただいていますが・・・(^^;
私も弓を直せるほどのレベルの射手になれるよう精進したいものです。

10:次郎さん
私も完全に自分だけの弓道をしています。もちろん他人からめちゃくちゃ言われたり、試合で個人優勝してもボロクソいわれてます。しかし、自分は満足しているので気にしません。今年が最後なので、また最後に東西でて、今年こそは20中して学生弓道引退したいです

11:てらてらさん
中る弓、中るカケ、中る矢とはどのようにして選別するのでしょう。是非教えていただきたいと思うのですが、文字上では説明しがたいものなのでしょうか?射手によって違う、といわれるとそれまでなのですが、その射手その射手によって選別する視点など、出来る範囲でけっこうですのでお教え願えれば、と思います。

12:元さん
このスレ読んでビックリしました。
いろいろな考えがあるものですね。
考えてみれば射技自体、いろいろ工夫を重ねて作り上げていっても
歴史的に見れば何の問題も無いわけですよね。
教本一巻のあれは、所謂弓道射方の雛形と言った所ですか。
礼節を重んじ様式美を追求する射方と、的中により重きを置いた射技と、
言ってみれば小笠原流と日置流との違いですか。
弓道をやった事がある人なら、三十三間堂の堂射ではかなり特殊な射方を用いた事も容易に想像出来ます。
弓は道具も射形も、1000年の歴史を持って進化して来たわけですから、
今その進化を古きを重んじると言って止めてしまうのはナンセンスな話かもしれないですね。

結局、弓道とは何か?という問いに行き着くと思います。

13:弓遊びさん
>11
てらてらさん。

私の幼稚な考えで宜しければ…

『自分が使いこなすことができる』
と自分で判断したもの。
です。

その理由は斜面見習いさんがすでに書き込みなされていますので割愛いたします。

道具が射手に合わせる(好みに変化させる)べきであり、射手が道具に合わせるべきではない。
と考えています。


>2
真尻さん。

逆に言えば、所謂日弓連射法(かな?)を会得すれば中ると言う事になりますね。

14:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>11
弓に関してははっきりと言えます。上手な人の弓を引いてみる事です。逆に、自分の弓を上手だと思う人に引かせてみる事です。これらをやってみて、どちらかが全く中らない状態であれば、それは中らない弓だという事になります。中らない弓を自分の癖で中てているのか、癖がない弓で素直に離れているのかがはっきるするでしょう。ただ注意しないといけないのが、それは射手のレベルが上級でないとわからないという事です。

>>13
射を極めるというのが非常に難しいものです。現に段位が高くても?という射手に出会う事は誰でもあると思います。結局、理想は高く、現実はついてきていない現状が今の弓道界だと思います。日弓連射法を会得すれば中ります。なぜなら、天才が考え出した究極の射の集合体ですから。凡人がついていけないだけです。

15:三ツガケさん
>>7
>また別スレで僕に対して書かれてましたが、全く面識のない見知らぬ人から、ヒントを上げましょうなんて言われたくないですね。
これは私に対して言われているのでしょうか?
なんらの心当たりもないのですが…。
仮に他の人に言っているのであれば何か補足を入れてください。
また、そういうことをこの掲示板に書き込むのもどうかと思います。
そういう文句(?)を言いたいのであれば何らかの方法で一対一の状況で言って欲しいです。
あなたの不快さはあるでしょうがそれはこの場の全ての人が見て共有するものではありません。
そのつもりがなくとも見た人は『何があったのだろう?』と変な勘ぐりや不快感を覚えるでしょう。
その結果この掲示板にも少なからず迷惑がかかると思います。
不特定多数の人が見るものなのであなたの意思というものは失われがちです。
マナー、というのであればあなたがこのスレ
で書き込んだ7の内容は、久々に書き込む私にいきなり『全く面識のない見知らぬ人から、ヒントを上げましょうなんて言われたくないですね。』
と書かれており、私に対して礼節を欠いていると思うのですがいかがでしょうか。

16:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>15
7番目のレスを見落としていました。多分、私に言われているんだと思います。名指しでどうして言わないんでしょうか?三ツガケさんが怒るのも当然だと思います。
三ツガケさんご心配をおかけしました。
斜面見習いさん気にされたようでしたらすいませんでした。

17:三ツガケさん
>10
私も東西や王座にでて終えたいです。
きっと何年経っても当時の思い出で美味しいお酒を飲めそうです(笑)
私は後二回チャンスがあります。何か残して終えたいです。

>11
中る弓…見た目だけではわかりません。
実際に引いてみればわかりますがまだあまり深いところまでわかりません。真尻さんの仰っているように、中る人(弓の芯を叩き続ける人)の弓を引くとわかると思います。
非常に矢が伸び、少しぐらい失敗しても中ります。
矢にも芯があります。重たいのとは違うのですが、矢じりを下に向けたときに矢が下に伸びていくような感じ(?)です。
カケは見た目と実際に入れてみた感じで(
親指の向きと控え等)でカケ自体がどの方向に出たいのかがわかります。
あとはカケ口ですがそこは調整のしようがあるので山と下弦の位置をしっかりしてやることだと思います。

18:斜面見習いさん
すみません。
以前、弓についてのスレに対する内容で、真尻さんへの書き込みですね。
大変失礼しました。

19:三ツガケさん
>某大学生さん
すみません、見落としてしましたした…。
やはりそうなのですか?一度見学に行ってみようと思っているのですがなかなか機会がありません。
別に見下すわけではなく、ただ見て知っておきたいと感じています。やがて一般の世界へ行くことになると思うので…。

>真尻さん
本音から言えば私宛でないのはわかってはいたので、怒ってはいません。私の方こそ申し訳ありませんでした。
時々の私の書き込みに貴重なお話を書き込んで下さり本当に楽しみながら読ませていただいています。私からの一方的感情(?)ですが機会があればチャットでお話もしたいと思っています(笑)

>斜面見習いさん
上記の通り本当は私宛でないのはわかっていました。
ですが、他のスレでも何かあったようでしたので強めでしたが注意させていただきました。
多数の様々な意見がBBSの特徴ですが、受け取る側の気持ちを汲んで欲しいと思ってのでしゃばりです。申し訳ありませんでした。

20:てらてらさん
>弓遊びさん、真尻さん、三ツガケさん
ご返信ありがとうございます。

 絶対的に中る弓がある、というお考えと、相対的に(人それぞれに)中る弓があるというお考えとがあるように思いました。
 絶対的に中る弓があり、それを利用して中っている上手な人は、僕が「癖で中てている」弓では中らない、のでしょうか。それとも上手な人はそれなりに「中ててしまう」のでしょうか。
 そうすると、もし仮に、上手な人が僕の弓を使い続けると、上手な人にも僕と同じ癖がつく?(=下手になる)ということになってしまうのでしょうか。
 
 質問ばかりで申し訳ないですが、よろしくお願いします。
 

21:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>20
>絶対的に中る弓があり、それを利用して中っている上手な人は、僕が「癖で中てている」弓では中らない、のでしょうか。それとも上手な人はそれなりに「中ててしまう」のでしょうか。

上手な人は、弓に関して言えば特に中押しという概念で素直な離れを出しています。だから、癖で中てている弓(例えば上押しを極端に強くかけている弓)を引いたときに上矢が出ます。もちろん、言われるように上手な方ですので合わせる事もできるでしょうけど、上手だからこそ合わせないで中押しで引き続ける事もできるのです。もちろん、それだけではありませんが。

>そうすると、もし仮に、上手な人が僕の弓を使い続けると、上手な人にも僕と同じ癖がつく?(=下手になる)ということになってしまうのでしょうか。

正解です。だから、他人の道具をひいてはいけないという教えがあるのです。逆を返せば、それなりのレベルの人たちは道具を変えても別に構わないのです。

22:新 ◆vYPHjde2さん
基本の教えを理解せずに、反発して先に走って行くとまわりがみえにくくなりますよ。稽古とは古きを稽(かんが)える事であって、先人が残してくれた教えや考えを調べ、「心・気・体」を鍛え、技を練る事です。しかしそれは単に技を修練するのはなく、精神を修め「気」を練らなければなりません。その場所の事を道場と呼びます。それゆえに心を磨く神聖な場として、その礼儀作法には厳格なものがあります。先ず、心の準備・心構えをしっかり持って臨まねばならず、道場は人間形成を主な目的とした場所である事を弁えるべきだと思います。つまり三ツガケさんが述べている事もひとつの方法論であって、間違いでも正解でもありません。たしかに弓道は精神論に行き過ぎているという人がいますが、精神も大切だと思います。精神と射を分けるのは間違いで、技と射の実態が一枚になるといいます。精神の作用が最も活発になる必要条件です。心身の管理がよいと、精神の働きが活発になり、身体管理も進歩するというわけです。そう考えると、試合に勝った負けた。昇段した。中った。射型が綺麗になったっといっているうちはまだまだ未熟なのかもしれませんね。

23:弓有さん
>>そうすると、もし仮に、上手な人が僕の弓を使い続けると、上手な人にも僕と同じ癖がつく?(=下手になる)ということになってしまうのでしょうか。

>正解です。だから、他人の道具をひいてはいけないという教えがあるのです。逆を返せば、それなりのレベルの人たちは道具を変えても別に構わないのです。

上手な人が下手になると言う事ではないと思います。
上手な人は、その弓の癖を見抜いてそれに合った射で的中しますが、
上手な人は、その弓を引き続けようとは思いません。自分には合わない弓だからです。

他人の道具を引いてはいけないという教えは、
癖のある引き方をされると、その癖がその道具(弓やカケ)に附いてしまうからです。
弓の場合は竹弓でしたら当てはまってると言えますが、グラス弓は丈夫ですから直に癖が附くことは無いと思います。

癖の附いた竹弓を上手な人に使ってもらって、その癖を修正してもらうことがあります。これは上手な人がその竹弓を上手に育てたから癖が無くなったと言えるでしょう。
新弓で癖の無いグラス弓でも、癖のある射で長期間使用すると、その癖が弓に附きます。そのグラス弓は上手な人でもすぐには癖を取ることは出来ません。グラス弓が余りにも丈夫だからです。

グラス弓は竹弓と比較して安価ですから、使い捨ての弓と割り切って、癖の無い新弓に買い換える方が手っ取り早い、と言う考え方も理解できます。

24:某大学生 ◆eXmnNIKIさん
>>三ツガケさん

先生に言われていたことを思い出したのですが、道具についての知識が現在の弓道界で非常に薄いのは、知識がある人が教えないからだという事です。

知識がある人間はそれが武器なので、簡単には教えないそうです。これは、僕の解釈では日本だけで普及している競技だからだという事が一番大きいと思います。日本人はあまり人に対して言わないお国柄だからではないでしょうか。

もし、国際的に広く普及すると様々な知識が外国の方により逆輸入されてくると考えています。

25:てらてらさん
>真尻さん、弓友さん
コメントありがとうございます。
「弓の癖」と「上手な人」の関係が少し分かったような気がします。実際に「上手な人」と「中る弓」に巡り会えたら、ぜひ僕の弓を引いてもらい中る弓を引かせてもらいたいと思います。
 ちなみに、新しい(癖のない)グラス弓は中る弓なのでしょうかね。

26:印西さん
このスレはとてもレベル高いですね。
自分の引き方は、斜面打ち起こしです。簡単に言えば矢筋に引きます
打ち起こした時は、勝手拳は頭の上にあるイメージにあります
押し引きは押しは鏃に向かいながら押し引き勝手拳は矢筈に引きます三分の二の時は肘は体の前に出すイメージで同じように引き分け会に入ります。勝手拳は肩の上にあるイメージで肘は体の前面にあります。
離れまでのイメージは胸の真ん中から両肘を遠くにとばす感じで弦はかけから離れない感覚で弦を押し出してます
ざっとですがこんな感じです

27:弓遊びさん
>2
一般的に一部の天才しか中らない教えだから。

>14
(いわゆる)日弓連射法を会得すれば中ります。


ようするに『中る射法とは…』
と言う事を日弓連は射法八節図解入りで明文化している。

ということになると思いますが?

そして、>14での(いわゆる)日弓連射法を会得すれば中ります。

に成りたいが為に各人色々工夫しているのでしょう。
所謂日弓連射法は大まかに纏めたものであり、それを各人なりに出来るよう、工夫する事を『練習』や『稽古』と言ってるのだと思いますが?

28:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>24
そうだ!と思わず叫んでしまいました。日本人のお国柄というのには納得です。外国の方は精神論に走らない人も多いでしょうから、中る知識が逆輸入されてくる可能性は大いにあります。

>>27
見た目の美と中りという観点がある限り、両方を得ようと思うと骨格という問題が生じてきます。骨格は努力の差では埋められないものです。私のいう天才とは、弓道に適している骨格も含めての話しです。別に屁理屈でもなんでもありません。(いわゆる)日弓連射法を会得し中る為には、選ばれた者という条件も備わってきます。だから、日弓連の教えは中らないのです。

29:斜面見習いさん
新品状態の弓は理論上中たります。物を造る職業という視点でいいますが使えない道具を売りません。それは俗に言う不良品です。
各業者ごとに精度がありその基準を下回るものは出荷しないと思われます。
真尻さん、
骨格の問題と日弓連式とはあまり関係ないと思います。
ベースが日弓連式で骨格の問題は射手が応用すれば済む問題では?
教本通りしてる人の方が少ないと思いますが。
そう考えればほとんどの方が日弓連式ではないと思いますがどうでしょう?

30:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>29
接着剤の密度、材料の密度等の問題で、弓毎にバランスは全部違いますから、引いてみないと中る弓かどうかわかりません。同じ製品でも、完成した弓の成りが不揃いな銘柄もあります。

>ほとんどの方が日弓連式ではないと思いますがどうでしょう?

そうでしょうね。

31:弓遊びさん
>28

それは、一般的に天才とは言いません。

骨格に恵まれた人とは言うかも知れませんが…

親から譲り受けた身体。これは、どうしようもないでしょう。
これで、天才とその他に分けるのは無理があるのでは?

自分の身体を十二分に工夫活用して、射法八節を各人なりに理解していくもの、会得していくものではないでしょうか?

32:斜面見習いさん
中たらないのは日弓連式ではなくて自分の射を見つけられない射手が原因では? 日弓連だけでなく各流派にしても個々の骨格は別問題なわけですから真尻さんの考えだと中たらないのは全てに言えると思いますが。

33:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>31
天才とは「生まれつき備わっている、きわめてすぐれた才能。また、その持ち主。(大辞林 第二版)」という意味ですよ。

>>32
>中たらないのは日弓連式ではなくて自分の射を見つけられない射手が原因では

基本的にどの流派もその道の天才が考え出したものです。自分の弓道を見つける事が大事だと思いますが、実際は形だけの真似事で日弓連を教える人が多いと思います。教え魔と呼ばれる人たちにその傾向が多いように思えます。現状、私はそういう人たちの方が多数だと思います。

例えば、大離れが良いという風習が流行っていますが、どうしてですか?これは万人の骨格に当てはまりますか?万人がもっているかけで出来ることですか?答えは「いいえ」です。

34:斜面見習いさん
教え魔?
以前「おすすめの弓」で、ヒントをあげましょうと僕を名指しで書いたのは誰ですか? 顔も知らない人に教えてくださいとも言ってないのにああいう書き方をするのは教え魔ではないのですか?
矛盾してませんか?

35:弓遊びさん
辞書での解説をお願いしてはおりませんが?

36:斜面見習いさん
真尻さん、そういう理屈でいくと万人に共通する引き方は有り得ません。
という事はやはり自分の射を理解できない人は全て中たらない事になりますが。 射を作った人が天才ならば弓道してる人間は皆天才という事になりますよね。
人の骨格、射は似ていても万人共通ではないですから。

37:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>34
まあまあ、熱くならずに。
ただ、斜面見習いさんのように視野が広い方が道具に関してあまりに考えていないようでしたので、ご意見しただけです。断定形では書いていないので、自分では教えとして書いたつもりはありません。

よく考えると、受け手が教えだと思えば教えです。しかし、そんなに気にされていたとは・・・申し訳ありませんでした。

38:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>35
>>36
私の見解ははっきりとありますが、以前名指しで私が受けたスレッドで、デビさんに迷惑かけた事がありますので、これ以上は書きません。

デビさん、ご迷惑おかけしました。

39:ポン酢ファン ◆h0g7GdeUさん
竹林の起請文に

「三体父母より譲らる、剛なりといへども我力にあらず、弱なりといへども我恥にあらず、ただ強弱を諭ぜず、修学水鉄の如し 喩えば水水を流し、鉄刀鎬を削る この心を知って剛は剛、弱は弱と己々の分々に骨力をむねとして、嗜量をおもく師の恩教を信じて剛を嫉まず弱を謗らず、正直を神として法度に任せて心底に治するものには相伝すべし 縦ひ心眤の弟子なりとも道に愚なる異法に驚き深心なきには伝ふべからずものなり 仍而起請如件。」

とあります。

たしかに骨格的に優れている方も世の中には存在するかと思います。でもそれを妬むなということを伝書の冒頭でも述べられているのは、いつの時代も同じなんだなとふと思いました。


>中たらないのは日弓連式ではなくて自分の射を見つけられない射手が原因では?

「自分の射」を見つけることが出来る射手ははたしてどれだけいるのでしょうか?
「自分の射」を考え模索するのが弓道であり、自身の技術の進歩および精神面の変化に伴い「自分の射」に対する考え方は変化していくものだと私は思っています。

40:三ツガケさん
丸一日見ていない間にこれだけのレスがついていてとても嬉しく思います。
こういう場でたくさんの方からの意見を受けることはそれだけでも十分に私の修行になっている気がします。
色々な意見を聞いて、噛み砕き、どういうことかを考える(妄想?)のは非常に面白いことだと思います。

>>29
>新品状態の弓は理論上中たります。物を造る職業という視点でいいますが使えない道具を売りません。それは俗に言う不良品です。
とのことですが反論でもなく、屁理屈でもなく確かに存在するのです。
先日弓具店にカケを見に行った際のことです。
色々見ていると店主から「こんなのもあるよ」と言われて7万円のカケに手を入れさせてもらいました。
そのカケは親指を真直ぐ入れることさえ困難であり、なんとか入れてみると親指がねじられて痛くて引けたものではありません。
その道具で練習したらどうなるのか。おそらく私の弓道人生が終わるほどのダメージを体に与えるのだろうと容易に想像がつきました。
しかしその商品は7万円として売られており明らかに販売していました。
そういうものだと思います。「間違いなく中る」と売り手が言っていないならば中らない道具を販売してもそれは不良品とはならないと思います。ですから、中らない道具というのも世に流通しています。

41:三ツガケさん
>>24
確かに言われて見ればそうですね。
私も秘密にしておきたいです(笑)
何しろ試合でのアドバンテージになりますから、他人には自分の武器(の一つ)を知られたくないのはあります。
でももっと一般的になればさらに色んな視点からの意見が聞けて面白いとも思います。
矛盾した感情がありますがどちらも本音です。

また、骨格の問題(天才)と日弓連式についてありますが、例えば「足踏みは矢束」という言葉があります。
それは本当に万人が自分なりの弓道を体得する上で重要でしょうか。
それはある人が「自分が最も安定する幅は矢束」となったことが元だと思います。
例えば私が矢束に開くと上半身のバランスと下半身のバランスが崩れ不安定になります。それは修練が足りない、と言われればそれまでかもしれませんがここは骨格が関係してくるのでどうにもできないと思います。腕の長さが平均よりも長い人は足踏みが開きすぎになり、上下のバランスが狂うのは間違いありません。
少なくとも「足踏みは矢束」は私の体を最大に活かす為の弓道には合っていません。

次に「大三は矢の半分まで」にしてもそれを行うことと「勝手は額より拳一つ上(前)」を両立することが出来ない人もいます。
私はできません。両立しようとすると前肩(押し手肩)が抜けて肩の線がずれてしまいます。
肩の線を合わせて勝手の位置を後者のようにすると矢の半分以上を引いてしまいます。結果両立は不可能です。
私は大三を小さめにして力を引きにつれ大きくするようにしています。そして発は小さ目に出して収束するようにしています。

このように私自身にはどうしようもない問題があります。つまり私には体得不可能ということになります。

42:弓道人さん
斜面見習いさん、弓遊びさんもう少し場をよんだ書き込みしてはいただけないでしょうか?
特に斜面見習いさんは相手の粗探しばかりしないで欲しいです。大人の方と見受けられますが、そういう対応できませんか?あまりに幼稚すぎます。
最近にしては珍しいレベルの高いスレッドで楽しみにされている人も多いかと思いますが、こうした書き込みで台無しになるのが残念でなりません。
真尻さんまた書き込んで頂けないでしょうか?

駄文失礼しました。

43:紫弓さん
発言してみます。日弓連の引き方に私の考えるところを述べてみます。前にも言いましたが私は教本の制定に関わった先生と一緒引いていた先生に習っています。私が疑問に思い伺った点で武徳会が日弓連の元であることを聞きました。
問題はあの射法を知る方がどれくらいいるかです。統一射法とか中間射法と呼ばれるようですが正面と斜面の引き方に混ぜ竹林に見えて違う引き方に大三を混ぜるからより困難になります。敢えて選択幅を増やす為に打越し方法が増えたようです。その功罪は戦後の教本制定でもあったそうであの表現になったのだと思います。
ただその背景にある考えが真善美で(端的に言うと知情意)ある可能性が高いのは確かです。この言葉は間違いなく当時の哲学思想の体系的哲学で教育に取り入れられた概念です。ただ、哲学は論理でありますが理論は選択で更に倫理が加わります。この分かりにくい状態を弓で解決する考えが反映しているように思います。ただ現在は最高目標や理解しなければならないと言いつつ、哲学であることすら知られていません。一番困っているのは弓にどのように取り入れたかですが、、、、。これらは私の座右の銘であり生涯の課題です。
ちなみに昔の表現を鵜呑みすると低い大三となり縮んだ射になります。(それは通し矢だとも言われますが)戦後の武徳会ではそれをふせぐために大三はかなり遠くに作らせたそうです。

ある意味選択が必要です。やはり、最終的な形は骨法に合うかです。それに引き方に合わせた道具が必要です。私は弓を見る時は座屈だ空間情報だとかを機械的に考えますが、最終的には成りを選んで西瓜を調べる様に弦音を聞いて選んでいます。
長文失礼しました。(^_^)

44:斜面見習いさん
僕は自分の意見をいい、矛盾点があると指摘しただけです。 掲示板活用として当然の行為をしてると思ってます。書き方の問題ですが注意書きを無視してる方はたくさんいます。その方々には同じ事を言わないのですか? それは僕だけに対する粗探しだと受けとれますが。
スレ主さんへ。
僕は教本(日弓連式)は強制ではないと考えてます。
つまり自分の射を考えていく中での1つの手本だと思ってます。ベースにと書いたのはこういう意味です。
この際言っておきますが僕が真剣に教本を読み出したのは最近(数カ月前)です。 教本がなくても日弓連式?で弓道できるという良い見本ではないでしょうか? 読み出した理由は関係ないので省略。
真尻さん
視野の話ですが僕は極端に狭いです。
ですから知ろうと必死なわけです。
本で得る知識はいつでも得られるが掲示板においては現在進行系。 放って置けば消え去る知識を見逃すほど僕は(視野が)満たされてません。 しかし、
弓道人さんより粗探しなどと言われたので僕はこのスレへの書き込みは止めておきます。

45:真尻 ◆GMaShIrIさん
>>斜面見習いさん

私が言うと気にされるでしょうけど、あえて言います。

>書き方の問題ですが注意書きを無視してる方はたくさんいます。その方々には同じ事を言わないのですか? それは僕だけに対する粗探しだと受けとれますが。

警察にスピード違反で捕まって、「他の人もやってるよ」と言っているのと同じです。私も気をつけるので、貴方も気をつけましょう。

>知ろうと必死なわけです
だったら、教え魔と感情的になる必要なないのでは?と思いますよ。

>>三ツガケさん

どんなに精神論を語っても、道具を作る人は仕事ですから、いわゆる不良品を売らないと生活できないので仕方ないと思います。これはどんな分野でも同じですので、道具を作る人、売る人を悪く思わないでください。やはり見抜ける人でないと騙される(?)のは仕方ない事です。足踏みの話しは笑ってしまいました。私も教本を読むときに笑ってしまうポイントだったからです。貴方とは気が合いそうです。貴方がやっている事はすべて正論です。貴方が貴方という射手で弓が引けるのは、我流という訳ではなく貴方にとって利にかなった教えを、教本に書かれている文字を鵜呑みにしない心で教えている指導者、または引いている(引ける)環境がいるからだと思います。非常に恵まれています。今の環境を幸せに思ってください。

46:真尻 ◆GMaShIrIさん
>紫弓さん

ブラウザにVodafoneと書いてありながら、なぜかアイコンがAUですが・・・
ご意見、読ませて頂きました。統一射法という意味合いでの功績と、それに伴う異常な困難さを生み出してしまっている点での教本の功罪は私も同じです。私自身、日弓連は私が指導を行っている範士の先生に教えてもらっています。初めてあったときは精神論ばかりで引き方は天才的だなと思いました。凡人が悩む所を、骨格が弓道に適しているので、悩むという事をしていないなと感じました。こういう人は哲学のみで弓を語れるのだと思います。哲学を弓にどうやって取り入れるか、その部分を考えていないで出来ている良い例だと思います。こういう事をみていくと、元々持ち合わせた骨格があると言うことは天才と呼ばざるをえません。作られた美でなく、究極の美はそこにあるのではないでしょうか。私がどんなに頑張っても最後まで作られたという印象は射から抜けないでしょう。見る人がみたらわかります。真の追求をやっていくレベルは自分では超えたと思っています。後は善となり・・・。中った先にしか答えがないというのは異常な困難さを最高目標としてかかげたものです(汗)真ですら超えられない人が多いのですから。

>他の方々はそんなことをすでに超越してしまっているから精神論に行くのでしょうか。

これは4番目の三ツガケさんの質問ですが、紫弓さんの書き込みを見て元々精神論しかないのかなと思いました。紫弓さんさんの書き込みと自分の経験から言うと、日弓連の教えは大多数の人が超える事ができないので、やはり中らない教えだという結論からは変わりそうもありません。

47:弓遊びさん
>43
紫弓さん、

最終的な形は骨法に合うかです。

同感です。

教本などの形の通り引きなさい。と言うのではなく、あの形を基として、各人の骨法に合う引き方、形、力の使い方を探し身につけていくものと思っています。


三つガケさんが、仰る事は、ご自分で試行錯誤を繰り返し、身に付けられたものであると思い、理解しております。
しかし、試行錯誤を繰り返すための、範があったものと推測しました。それが教本などでいわれる形ではないか?
と…

弓道人さん
一応自分なりに場を読んだ上で書き込みをしたつもりですが…
それでも幼稚といわれれば仕方ありませんね。
以後、このスレへの書き込みは控えます。

48:斜面見習いさん
真尻さん
誰が警察で誰が違反者ですか?
意味のわからない例えを持ち出しての粗探しですか?
悪いとわかってるなら書かなくてよいでしょう。
都合が悪くなると質問には答えず変な所で粗探し。
名指しで意見されたので名指しで意見した意味がありませんね。
僕が教え魔と感じたので書きました。それ以上でもそれ以下でもありませんが。 これで失礼します。 以下名指しでも返信しません。
粗探しされるだけですので。

49:弓遊び2号さん
どなたも大変見苦しいです。弓を引く人達の書くこととはとても思えません。
正しい事を求めるのが弓の道であるはずです。どの方も、ご自分の考えをお持ちのようですが、自分の考えを述べるのは結構ですが、違う考えを認めない事は正しい事でしょうか?
もっとお互いを認め合った、高いレベルでの議論の戦わせ方があるはずです。

私も私なりの理論、考え方を持っていますが、それをここで発表しようとは思いません。なぜなら、文章でここに書くべきものではないと考えるからです。顔を見、射を見て、言っていることと、現実に行なっている事が同じである人としか、そういった会話は出来ないと考えます。

50:弓道人さん
斜面見習いさんいいかげんにして下さい。貴方がやっている事わかってますか?
視野が狭いてご自分でみとめていますが、改善しようとは思わないのですか?
どんなに技を身に付けても心が備わってないといけないというのは綺麗事でしょうか?
貴方に対してよく注意を促す書き込みありますがまだわかりませんか?
感情的になりましたが言わせていただきます。相手の言葉尻だけを追うのではなく、気持ちも理解して下さい。同じ弓道家として恥ずかしいです

51:道民さん
 大学時代、日弓連の教本に書いてある射法に疑問を持っていました。
 ある時、禅宗の本を読んでいて、「禅宗の修行は分刻みのスケジュールが組んであって、きっちり型にはめられ、一見窮屈で没個性的であるようであるが、その型が自然と身に付いて、大きな意味(ちょっと抽象的な表現ですが)の個性を手に入れられる。それが悟りである」というような事が書いてありました。
 それを読んで、日弓連の八節は、禅宗でいうところの分刻みのスケジュールなのではないのかなと思いました。
 骨格に合う合わないというのは、本当にそうなのか、それとも修行が足りないだけではないかを常に自分に問い続けて、弓を引いていきたいと思っています。

52:元さん
>真尻さん

日弓連の教えはあまり参考にならないように書かれていますが
日弓連の教えはそれほどまでに裾野の狭い教えなんでしょうか?

53:三ツガケさん
真に恐縮ですがもうこのスレへの投稿は止めとして頂きたいと思います。
元々は私の発言から派生したものであり、このスレの責任は私に帰するものと思います。
大変申し訳ありませんでした。この場でお詫び申し上げます。
管理人のデビさんにもご迷惑をおかけしました。すみませんでした。

>元さん
すみません、投稿はなしとしていただきたいので元さんの書き込みにお返しできません。
せっかく疑問を投げかけて下さっているのにすみません。

他にも多くの方から意見を頂いて本当にありがとうございました。本当に嬉しく思っています。
このような形になってしまって非常に残念です。すみませんでした。


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